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24/06/16 橋本晋哉セルパンリサイタル01プログラムノート

橋本晋哉セルパンリサイタル01、無事終了しました。ご来場くださった皆さま、ありがとうございました。当日のプログラムノートをこちらに転載します。

橋本晋哉セルパンリサイタル01 “La lettre S”
Shinya Hashimoto Serpent Recital 01 “La lettre S”
 2024年6月16日(日)14:00開演/18:00 開演
会場◉スタジオピオティータ


プログラム

ジャック・ルボチエ (b.1937) 《S》
Jacques Rebotier, La lettre S
 
ミシェル・ゴダール (b.1960) 《セルペンス・セクンド》 (2001)
Michel Godard, Serpens Secundo
 
ディエゴ・オルティス (c1510-c1570) 《レセルカーダ第1番、第2番》(1553)
Diego Ortiz, Recercada Primera, Segunda
 
鈴木広志 (b.1979) 《百歳になって》(2018)
Hiroshi Suzuki, Turning 100 years old
 
ジャチント・シェルシ (1905-1988) 《マクノンガン》(1976)
Giacinto Scelsi, Maknongan
 
♭ ♭ ♭ 休憩(15分)   ♭ ♭ ♭
 
ジャック・ルボチエ (b.1937) 《S》(通訳付き)
Jacques Rebotier, La lettre S
 
バルトロメオ・デ・セルマ (c1595-after1638) 《カンツォン第1番》No. 11 (1638)
Bartolomé de Selma, Canzon prima a doi
 
大熊夏織 (b.1987) 《口寄せエンターテイメント》 (2014)
Kaori Okuma, Channeler Entertainment
 
ディエゴ・オルティス (c1510-c1570) 《レセルカーダ第3番、第4番》(1553)
Diego Ortiz, Recercada Tercera, Quarta
 
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (1685-1750) 《地獄の蛇よ、恐れはせぬか?》(1723)
Johann Sebastian Bach, Höllische Schlange, Wird dir nicht bange? BWV 40, No. 4
 
鈴木純明 (b.1970) 《ヨハン・セルパン・バッハ》(2006)
Jummei Suzuki, Johann Serpent Bach

アンコール
武満徹(1930-1996) / 川島素晴(b. 1972) 《死んだ男の残したものは》(1965)
Toru Takemitsu / Motoharu Kawashima, All That The Man Left Behind When He Died

オルティス、セルマ

16世紀後半にバス・コルネットから発展したと考えられるセルパンは、17-18世紀を通して教会の楽器として、特にフランスで広く用いられた。長い管を両手で演奏するために工夫された、その特徴的なS字型のフォルムから当時の絵画や彫刻にしばしば現れるものの、教会以外で用いられた資料、特にこの楽器のために作曲された当時の独奏曲の類は、今の所見つかっていない。ただし当時は楽器指定も寛容であったことから、同じ低音楽器のための作品をセルパンで演奏することが、(取り敢えずは)現代のセルパン奏者の古楽への入り口となる。スペイン領だった南部イタリアで活躍したディエゴ・オルティス (c1510-c1570) が1553年に著した《ヴィオラ・ダ・ガンバ演奏の装飾論ならびに変奏論》 Tratado de glosas sobre cláusulas y otros généros de puntos en la música de violones nuevamente puestos en luz には、幾つかの実践の例として楽曲が掲載されているが、本日演奏される独奏のための《レセルカーダ》(リチェルカーレ)4曲はそれぞれ極めて自由に楽想が行き来する。バルトロメオ・デ・セルマ・イ・サラベルデ (c1595-after1638)もスペイン出身の作曲家、ファゴット奏者で、ソプラノとバスのための《カンツォン第1番》No. 11は1638年にベニスで出版された《カンツォーナ、ファンタジア、コッレンテ第1集》Primo libro de canzoni, fantasie & correnti に収められている一曲。

ゴダール、ルボチエ

  セルパンはその後19世紀に至って、教会に加えて軍楽隊でバス楽器として広く用いられることになる。数々の派生型も現れ、オーケストラでも用いられる試みがなされたが、当時並行して現れたオフィクレイドやチューバといった楽器に次第に取って代わられた。20世紀初頭にはすでに懐古的な楽器となっていたが、ミシェル・ゴダール (b.1960)はその復興の大きな立役者といって良いだろう。古楽だけでなく民族音楽、ジャズといったイディオムにセルパンを持ち込み、パリ国立高等音楽院で後身を育み、楽器をアトリエと共同して開発し、今尚現役のプレーヤーとして活躍している。《セルペンス・セクンド》もジャズの語法に基づいた2001年の作品。重音や循環呼吸など、現代的なテクニックも用いられている。ジャック・ルボチエ (b.1937)はフランスの詩人、作曲家。詩と音楽という分かち難いジャンルで、その合間のような(詩というべきか、音楽というべきか)多くの作品を発表している。《S》は100曲以上の小品からなる《音楽動物園》Zoo Musique の1曲。檻に入れられたありとあらゆる楽器とその演奏家(作曲家を含む)の周りを、鑑賞者が巡回する趣向の一大スペクタクルの中からの抜粋。

シェルシ、鈴木広志

現在セルパンのために書かれた作品、用いられた作品は少しずつ増えているが(変わったところではジェリー・ゴールドスミスによる映画「エイリアン」の劇伴などがあったりする)、現代のセルパン以外からの編曲作品を今回は2作演奏する。イタリアの作曲家、ジャチント・シェルシ (1905-1988)(最近は多くの作品が第3者との共同作業と判明している)の《マクノンガン》は低声、或いは任意の低音楽器のための1976年の独奏曲。声以外ではサックスやファゴット、チューバ、アコーディオンなどといった様々な楽器で演奏され、それぞれの楽器による楽譜の読み方を聴き比べてみるのも面白い。限られた幾つかの音の微細な移ろいを中心として音楽が展開してゆく。
サックス奏者、作曲家として幅広い活動を展開している鈴木広志 (b.1979) の《百歳になって》は声楽家の松平敬と筆者(チューバ)のユニット、低音デュオが2018年に委嘱した作品。委嘱段階で他の編成への編曲が可能であることを前提とした「低音デュオ・ポップソング」シリーズの一作。谷川俊太郎の同名の詩に基づいたポップな作品。(橋本晋哉) 

大熊夏織 (b.1987) 《口寄せエンターテイメント》 (2014)

会話の空気というものは、受け手のリアクション(テンポや間の有無)によって変化していくものと考えています。相手の話を信じるか信じないか?聞き流すのか、わざと試すのか、聞き入れる他ないのか…。今回の曲では、リコーダーを口寄せするイタコ、セルパンはその依頼人として配置し、二人の会話(音響情報のやり取り)を曲として作ろうと試みました。
リコーダー(イタコ)は様々な人格を降ろして話し、相手が変わる毎にセルパン(依頼人)の態度やリアクションも変わります。面白がりわざと試そうとするセルパンに対し、リコーダーは極端な音高差を伴う「語り」「歌」から、徐々に音高差をなくし反復するテキストを唱えてセルパンを呪っていきます。(大熊夏織)

大熊夏織(おおくま・かおり)
千葉県出身。東京音楽大学作曲指揮専攻(芸術音楽コース)卒業後、同大学院修士課程を修了。作曲を久行敏彦、西村朗、原田敬子の各氏に師事。第8回東京音楽大学学長賞受賞。作曲・編曲活動を行う傍ら、歌曲や合唱の 伴奏、映画での演奏指導など幅広く活動している。

鈴木純明 (b.1970) 《ヨハン・セルパン・バッハ—J.S.バッハのBWV40に基づく》(2006)

西洋の絵画では、「罪」や「誘惑」、「陰謀」の象徴としてしばしば「蛇」が描かれる。旧約聖書の中で、禁断の果実をアダムとイブが食べる有名な場面があるが、この人類の「原罪」の始まりを誘惑したのが他ならぬ「蛇」であった。「ヨハネの黙示録」では、七つの頭と十本の角を持つ竜が蛇の化け物として登場する。さて、「ヨハン・ゼバスティアン・バッハ」の声楽曲を見てみると、「罪」や「蛇」という歌詞に対して、しばしば低音の楽器や声が使用され、BWV40のアリア《地獄の蛇よ、恐れはせぬか?》では、地獄を這う蛇を打ち砕く主の到来が、堂々としたバスによって歌われる。 「ヨハン・セルパン・バッハ」、この一風変わった諧謔的なタイトルは、「Johann=黙示録」と、その形がそのまま楽器の名前となっている「serpent(仏語) = 蛇」、そして偉大な音楽の父「Bach=バッハ」を掛け合わせたものである。本作品は、前述のアリアに続いて演奏される6分程度の小品として書かれ、セルパン独奏による冒頭の旋律から、アリアの和声進行と蛇を象徴するジグザグな音形「チルクラーツィオCirculatio」で、自由奔放なトッカータ風の音楽が展開されていく。(鈴木純明)

鈴木純明(すずき・じゅんめい)
1970年東京都生まれ。東京藝術大学大学院修士課程作曲専攻修了。パリ国立高等音楽院作曲科で学ぶ。1999〜2001年文化庁派遣芸術家在外研修員。IRCAM(フランス国立音響音楽研究所)作曲・コンピュータ音楽課程修了。第24回芥川作曲賞を受賞。これまでに アンリ・セルマー・パリ、モンテカルロ春の芸術祭、Music From Japan、全音楽譜出版社、サントリー芸術財団、神奈川県民ホール、静岡音楽館AOI等から委嘱を受け、現代日本の作曲家シリーズ第56集 『ラ・ロマネスカ』(『レコード芸術』特選盤)をフォンテックよりリリース。現在、東京藝術大学音楽学部作曲科教授、桐朋学園大学非常勤講師。

出演

橋本晋哉 Shinya Hashimoto(セルパン)
「B→C」、シュテルン《生贄》、ラッヘンマン《ハルモニカ》、スモルカ《チューバのある静物画または秘められた静寂》、細川俊夫《旅VIII》、鈴木純明《1920》などにチューバのソリストとして出演。16世紀フランス由来の古楽器セルパンやオフィクレイドを用いての古楽のジャンルでの活動も多い。「東京現音計画」「低音デュオ」のユニットで活動。洗足学園音楽大学講師。
 
桒形亜樹子 Akiko Kuwagata(チェンバロ)
チェンバロ演奏家。東京生まれ。古楽演奏と並行して、現代音楽のフィールドでも演奏活動を展開、新作の委嘱初演も積極的に行なっている。17年の欧州滞在後2000年に帰国、現在東京藝術大学非常勤講師、松本市音楽文化ホール講師。
 
飯塚直 Nao Iizuka(フエコエ)
民族的民謡的プリミティヴな声と竪琴、ときに12cmから2mもの大小様々なリコーダーの使い手。従来の"歌""リコーダー"の概念を破る。グレゴリオ聖歌からバッハ、バルカン民謡、ショーロ、タンゴ、オリジナル、ミニマル……。古楽のコード感と日本&ブルガリアの民謡のようなメロディーが、土臭くも透明感あふれる独自の世界を紡ぎ出す。



 

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