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【創作】30(サーティ)(1,680字)【投げ銭】

幸せが逃げて行く気がした。

逃げるとはつまり足や翼があって僕の元からいなくなることを意味しているのだけれど、「幸せ」なんて形すら無いものが、果たしてそう自ら意志を持って去っていくことがあろうか。

ある筈がない。

なのにわざわざ「逃げていく」と表現したのは、これは比喩だからに他ならない。

なのに君は

「えっ、幸せって逃げるの!」

なんて目を丸くしている。

「違うよ。実際には逃げないよ」

「えっ、逃げないの!だって今逃げていくって…嘘ついたの?」

「嘘じゃないよ、例えだよ」

「たとえってなに?」

「実際にはありえないこと…魚が歩く、とか?」

「魚って歩くの!」

「だから違うってば!」

君と喋ってるといつもこうだ。話が前に進まない。疲弊して、ため息が出てしまう。だからこそ幸せが逃げていくような気がしているんだけれど。

しかし、おばさんに世話を任されたんだからしょうがない。

「ちゃんと仲良くしてあげなさいよ。あなたしか頼れないんだから」

と。

なんで引き受けちゃったのか。

今まで独り身で気楽にやってきたのに。君と分け合わなきゃいけないからご飯は半分、お菓子も半分。

そして君を構い続けなきゃならないから遊ぶ時間はゼロ。

洗濯物の量は倍。

部屋の散らかり具合はその倍の倍。

寝る時のイビキの大きさは倍の倍の倍の倍。

君がいるだけで僕の生活はガラリ変わってしまった。

ほんとカンベンしてくれと思ったのは、君がうちの布団に大きな世界地図を作ったときだ。

「ごめんなさい」

と君は謝ったけど、謝るよりお金出してくれないか。割と気に入ってた布団だったんだぜ。

しかもそれを家のベランダに干さなきゃいけない屈辱な。

「お子さん大変ねぇ」

なんて近所に笑われるんだぞ。

あとお願いだから、僕が原稿に向かっている間は話しかけてくるのをやめてくれないか。気が散ってしょうがない。

「ねえねえ、アンパンマンがばいきんまんにお水かけられちゃった!」

「大丈夫だよ!すぐバタコさんが新しい顔を持ってきてくれるから!」

テレビ見せてる間もちっとも大人しくしてくれない。

「幸せって逃げるの?」

とまた君が聞く。もうこの質問も何度目だっけ。

答えるのも毎回毎回飽きてきたというか、そもそも幸せってなんだっけ、って某大物お笑い芸人みたいな台詞を呟きそうになる。

誰かと一緒の食事。

誰かと一緒の公園。

誰かと一緒のお風呂。

誰かと一緒の布団。

一人のときは気楽だった。

けど、気楽だったイコール幸せだったろうか?

楽なのと幸せなのは違うんじゃないかって、最近思うようになったんだ。おばさんも昔、似たようなこと言ってたかもな。

「あのバカ旦那と別れられて清々したよ」

なんて笑いながら、病床では寂しそうな顔で。

「こうやって私、一人で死んでいくんだね」

なんて。

君と一緒に帰る道、ふと僕は思い立ってケーキ屋さんに寄る。

「誕生日ケーキ買うよ」

「誰の誕生日?」

「君のママ」

「ママの誕生日?」

急に君は目を輝かせ、僕に抱き付く。

「ママ、誕生日おめでとう!」

「え、そうじゃなくて…」

「あら、誕生日なんですか?おめでとうございます!」

店員まで勘違いする。

「優しいお子さんですね、お母さん」

「僕…いえ、私はこの子の母親じゃ…」

「あら、そうなの!?じゃあ、お姉さん?」

「あ、ええ…」

お姉さんなんていう歳でもないけど。三十路の独身女なんて。しかも僕っ子の…なんて思うと、急に笑えてきた。

「あの…ケーキに思いっきり大きく30って書いてください!」

家に帰って、ケーキの箱を開ける。注文通り30という数字がチョコペンで大きく書いてある。

忌み嫌ってた数字。

30までには結婚するぞの30。

30過ぎても独り身だったぞの30。

そして、忌み嫌って「おばさん」とか呼んでた姉が遺した5歳の女の子と共に暮らしている30。

ホールケーキなんて、食べきれるのか。

「これぜんぶ食べていい!?」

君は目を輝かせる。

若人には負けぬ。

「どっちが沢山食べれるか勝負!」

子どもに戻ったようにケーキを食べる。

そしてお腹一杯になって二人横になる。

「ママ大好き」

なんて寝ぼけて言う君。

君の本物のママはね、なんて野暮なことはきっと教えなくていい。

君はきっと泣くだろう

(完)


転載元:

【短編小説】30(サーティ)【 #書き出しと終わり 】(2018年8月17日)
https://twitter.com/i/events/789833556767813632

(画像出典:Free Images - Pixabay)


※あとがき※

診断メーカー「 #書き出しと終わり 」より、「幸せが逃げて行く気がした」で始まり、「君はきっと泣くだろう」で終わる物語を書いてみました。12ツイート(1,680字)で完結しています。

なお、診断メーカー「 #書き出しと終わり 」は以下からご利用いただけます。

創作のネタに困ったときにどうぞ!

※最後までご覧いただき、ありがとうございました。※

【作品、全文無料公開。投げ銭スタイルです】

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