元彼がデザイナーだったという彼女の部屋には、元彼が作ったカメの置物がある。アルなんとかカメとかいう。

「アルダブラゾウガメ」
「アル……なに?」
「アルダブラゾウガメ」
「アルアルアゾウガメ?」
「アルダブラゾウガメ」
「ア……」
「…………」

「みたいなことね」
「なにが?」
「デザイナーみたいなこと」
「デザイナーみたいなことって、要はデザイナーのことなんじゃないの?」
「デザイナーってなにする人だっけ?」
「デザイン?」
「やつはデザインしないから。ものを作ったりはするけど」
「だったら、デザイナーみたい、ですらないんじゃない?」
「自分で言ってたんだよ。デザイナーみたいなこともするよって」
「へぇ。で、普段はものを作る人なんだ?」
「そう」
「そのカメとか?」
「そのカメとか」
「……なんでカメなの?」
「好きなんじゃない?」
「なんで?」
「知らない」
「なんでカメくれたの?」
「知らない」
「カメ好きなの?」
「わたし?普通かな」
「俺、カメ飼ってたことあるよ」
「カメ好きなの?」
「カメって好きだからって飼うもんじゃなくない?」
「じゃあなんで飼ってたの?」
「親が犬猫はダメだって言うから。消去法で」
「金魚とかは?」
「すぐ死んじゃった」
「飼ってたんだ?」
「なにが?」
「金魚」
「すぐ死んじゃった」
「そうなんだ」
「金魚ってすぐ死ぬよ。カメはすぐは死なないけど臭かった」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
「なんか飲む?」
「なにがある?」
「麦茶。牛乳。水」
「ほんとに?」
「なにが?」
「ほんとにそれだけ?」
「なにがあればいいの?」
「お酒とか?」
「今日は飲まない」
「コーヒー」
「夜」
「でもまだ起きてるでしょ」
「でも夜」
「じゃあ……麦茶」
「はい」
「あのカメさ、なんでこっち向いてんの?」
「なんで?」
「気にならない?」
「なんで?」
「寝るときとか」
「なんで?」
「なんか見られてるみたいで」
「そう?」
「あっち向けていい?」
「いいけど、なんで?」
「いや、気になるから」
「ふーん」
「…………」
「いいよ、あっち向けて」
「いや、いいよ別に、気にならないんだったら」
「そう?」
「うん。あっ……え?今日って…………」
「あっち向けていいよ」
「そう?」
「気になるもんね」
「そうだよね」
「見てるしね」
「ね」
「向こう向けて」
「うん……って、えーっと…………なんでこのカメは甲羅に取っ手がついてるの?」
「持ちやすいでしょ?」
「カメをこうやって持ってことないから……よく……わかんないけど……いや、これ……でかいから逆に持ちにくいよ。なんだよこれ」
「アルダブラゾウガメ」
「はい?」
「アルダブラゾウガメ」
「アルラズラゾウガメ?」
「アルダブラゾウガメ」
「アブラブダゾウガメ?」
「アルダブラ」
「アルバブラ?」
「アルダブラ」
「アルアルア……」
「アルダブラゾウガメ」
「アブラ……うん、なんでもいいけどさ。なにこの取っ手」
「持ちやすいでしょ?」
「つけたの?」
「ついてたの」
「え、なんで?」
「持ちやすいから?」
「持ちにくいけどね」
「元彼のデザインだから」
「ああ、これがデザインみたいなこと?」
「そうなんじゃない?」
「へえ……だったら、芸術家?」
「誰が?」
「そのカメに取っ手をつけた人」
「カメの置物って芸術って言える?」
「わかんない。デザインって言えるのかもわかんない。俺、美術3だったから」
「普通じゃない?」
「十段階評価でね」
「普通じゃない」
「わかってるよ」
「美術3の人」
「なに?」
「今日、泊まってく?」
「……うん。せっかくカメの向き変えたんだもの」
「アルダブラゾウガメね」
「アルダブラゾウガメね」
「あ、言えたね」
「言えたねぇ」

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