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靴磨きする為の靴  孔子に学ぶ


ずっと靴が好きだった。
小学生のころ、買ってもらったばかりの靴を汚せなくて悩んだ挙句に靴下で下校して母親に叱られたことがある。


つい最近も予定外の雨の日、オールデンのコードバンを濡らせなくて靴を鞄に入れ、靴下で自転車を漕いで帰った。
思いのほかペダルがトガっていて足裏がめちゃくちゃ痛かった。
=靴底にも悪いので後日ペダルを変えた。

そんなわけで革靴でもスニーカーでも靴はなんでも好き。サンダルは履かない。

その為靴を磨くことも趣味と化していて一通り以上にケアの道具を持っている。
むしろそっちが先行して、靴磨きをする為に磨いてみたい靴を買っていた時期もある、、

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ブラシは馬、豚、山羊、、水牛のツノ、鹿のスエードもある。
まるで動物園。
クリームはイギリス、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、日本製があるがそれにもお国柄が出て面白い。←素人はこんなにいらない

その他これ以外にももろもろ、
格アイテムの説明は長くなり過ぎるので割愛。


1980年代より製造が古い靴は安くても革質がよく、磨けば磨くだけ革が応えてくれる感じがある。
一説によるとそもそも原料の牛やら馬やらの育て方が今と違っていて、より強く良質な革が安価で手に入ったとのこと。小さな靴屋さんが世界中にあり、卓越した職人が思うがままに良い仕事を許された時代、、

例えるなら僕が持っている三陽山長の7万の靴とオークションで買った60年代の5千円の古靴の革質はほぼ同等に感じる。←もちろん古靴はじっくり手入れしなければならなかった。 
デザインを考慮すればやはり古い靴は洗練が足りないとは思う。今仕立てたばかりのスーツにヴィンテージ の靴を合わせることはなかなか出来ない。出番がなくずっと靴箱で磨かれて寝ている状態になりかねない。

どんなに良い靴でも履かなければなんの意味も無い。
一歩一歩を一緒に歩めば彼らは確実に擦り減る。それを理解し、噛み締めながら同じ歩幅で共に未来に進んでいきたい。

祖母にはムカデ(百足)と呼ばれていた。
(実家にはスニーカーしかなかったが)

足は一対、1日のうちに履き替えてもせいぜい2回、、

そして、増え過ぎる靴を減らす活動を近年していた。そして苦渋の作業で行き着いた答えがある。

必要最低限のくつ
スニーカーはコンバースチャックテイラー(オールスター)の白、黒、ニューバランス901v2オールスエードがあればそれだけで基本こと足りる。
コンバースはアメリカ規格CT70より日本製のが好き。

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スニーカーの紐は全てコットン100%に変えてある。


革靴はブラック(ストレートチップ)ブラウン(ウィングチップ)バーガンディ(プレーントゥ)欲を言えばホワイトバックスがあればとりあえず大丈夫。

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※黒のストレートチップ職場でした、、写真はフルブローグで代用。

この他下駄箱にまだいくつか、、
+職場にフラテッリ ジャコメッティーのスエードローファーとクリケット&ジョーンズ、三陽山長 友二郎を隠し持っている、、

誓いがある
今後何かを減らさない限り新しい靴は買わない。革靴より高いスニーカーは絶対買わない。なぜならスニーカーが革靴の原料費より上回ることはないはず、

そして、なにより磨く為に靴を買わない!!

お洒落は足元というが、足元だけよくても話にならない。その言葉の意味はそもそもお洒落な人は足元からしてかっこいいし、怠るわけがない最低条件っということ(トータルしかりで)


靴に関して必要以上に収集せず、依存せず、頑固にならず、このような考えのもと付き合い、人生を送っていきたい。

あらゆることにこれは言える。


十五歳にして学に志
三十歳にして立つ! 

やっと立てました孔子様、、!

四十までに迷わない人を目指します。


なにごとも見直すのは難しいですが、勇気を持って見直す機会は必要です。


「学べばすなわち固ならず」


おわり

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