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物語はどの季節にも散らばっている 

思想的テーマ 自作の文章vol.2
晩春の千鳥ヶ淵 北の丸公園

いつもの散歩道、九段坂から千鳥ヶ淵緑道を歩く。
毎年春先に暖かい日なんかはボート乗り場あたりで景色に馴染みながら読書をしたり、気が向けば目の前のボートに乗り込みうとうとするのは最高の贅沢と思う。
今日もその通りに進んで行くと散りゆく桜の舞う堀の向こうに柵があり薄らと人影があることに気が付いた。向こう側に一般人が周りこめるとは知らなかったので、有り余る時間も手伝ってゆっくり歩きながら対岸を目指した。ボード乗り場を直進して千鳥ヶ淵を跨ぎ、乾門側から北の丸公園に入る。煉瓦造りの近代美術館工芸館入り口から右に逸れた小道の先が今後私の行きつけの場所となることはその時何故だか分かっていた。
空色の風が静かにふいていた。桜の花びらは絡み合いながら何度もひらひらと舞い上がりちっとも着地しない。まるで小さな蝶が求愛しているようである。北の丸公園の芝生があるエリアよりも数段小高い位置にあり、石垣に沿って道が作られているので普段とは逆側から千鳥ヶ淵のボート乗り場が見えた。先に進むに従って水が流れる音が強くなってくる。北の丸公園の池の水源はこちらにあったのだ。都内では同じく水が湧き上がる根津美術館庭園でも似たような感覚になったのを覚えている。
止めどなく力強く湧きあがりる水のエネルギー、命が渾々と生み出されているようだ。身体が勝手に吸い寄せられる。もたげた首を上げれば青空の向こうにビル群が鬱蒼と立ち並ぶ、そんな土地にも自然の力は失われずに残り脈々と現代まで続いている事実を目の当たりにする。江戸時代はここは御三卿田安家の屋敷、明治からは天皇護衛近衛兵の駐屯地、もちろん私の知らない遥か昔から様々な物語がこの場合で紡がれた事であろう。
その中の登場人物達誰か1人でも将来この場合で皆が寝転び、サンドウィッチを頬張る様を想像できたであろうか。
石垣沿いに最後まで歩きぬき、柵に腰掛けながら堀の下を覗きこむ、つくづく攻める気の起きない城だと思いながら目を凝らすと何やら見覚えのある植物が無数に生えている事に気がついた。蕨だ。幼いころ祖父母に連れられ瑞々しい光に包まれた岩木山の麓で手編みの籠に入りきらないほどとった日を思い出した。あの時は何も考えはなかったが、今思えばもう2度と元気な祖父母と出掛けることは叶わない。東北では梅雨の足音がきこえる6月前あたりに蕨が取れだすが、関東は4月に花見をしながら蕨取りにいけるのだ。なんとも贅沢。そして、それがあることは数百年掘り返されていない山と同じ土がここにある証拠なのだ。

感慨深さに浸りながら頭を上げると、この柵に気がついた対岸にまだこれを知らぬ私が私を見ながら微笑んでいた。

2020年4月6日


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