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【ブックレビュー】村上春樹訳で読むレイモンド・チャンドラー『さよなら、愛しい人』

チャンドラーは私の好きな作家の1人だ。彼の本は数年ごとに読み返すに値する。その小説はアメリカの過去の完全なスナップショットであり、今は亡きロマン主義の表現は昨日書かれたかのように新鮮だ。

ジョナサン・レセム


ジョナサン・レセムはチャンドラーをこう評している。
清水俊二さん訳の『さらば愛しき女よ』はもちろん読んでいる。
しかし、レセムの言う通り数年ごとに読み返すに値するチャンドラー、どうせなら話題になった村上春樹さんの訳で読み返してみようと思った次第だ。

村上春樹さん版のチャンドラーは初であった。タイトルは『さよなら、愛しい人』になっている。
私立探偵フィリップ・マーロウの長編小説は全七作あり、本作はその二作目。『長いお別れ/ロング・グッドバイ』と並ぶ人気作だ。
改めて読み返しても名作というほかない。

チャンドラーにはたくさんの名言がある。

・ ギムレットには早すぎる。
・ 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ。
・ 良き物語はひねり出すものではない。蒸留により生み出されるものだ。
・ さよならをいうのは、少し死ぬことだ。
・ タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

こうしてたくさんの言葉が残っていることが、彼が偉大な作家であることの証拠でもある。

私が好きなハードボイルド小説の世界観、ウィットに富んだ会話劇、シャープでクールな文体、巧みに練られた比喩表現、タフな主人公。
その全てをチャンドラーは兼ね備えている。
一方、ハードボイルドとは善悪や感情などには触れず、時に非情なまでの客観描写に徹するべきだという批判もある。
確かに本作では特に一人称による感傷が目立つ。だが、私はそこが好きだ。
そして、それこそがフィリップ・マーロウが世界中で愛されている理由だと思っている。

本作のあらすじなどは割愛して、最後に私がクールだと思った台詞や唸った比喩表現をいくつか紹介して終わりにしよう。


『煙草に火を点けた。配管修理工のハンカチみたいな味がした。』

『彼はその日初めての微笑みを浮かべた。一日に微笑みは四回と決めているのだろう。』

『濃い霧の中では、あらゆる動きが非現実的に見えた。湿った空気は灰になった愛に劣らず冷ややかだった。』


このように鮮やかなレトリックで本書は溢れている。

また、敵地へ乗り込む際のこんなやり取りも痺れてしまう。


「あんた、手助けが必要なんじゃないのかね」
 私は濡れた犬のように身震いをした。「ああ、海兵隊の一個中隊を必要としているよ。しかし結局のところ、自分一人でやるか、あるいはまったくやらないか、そのどちらかしかないんだ。行くよ」

さよなら、愛しい人


きりがないのでこの辺にしておく。
そして、村上春樹さんのあとがきも良かった。(これが目当てで買いなおしたようなもの)
ここでは引用は控えるが、誰よりもチャンドラーの文章を愛していて、翻訳の作業を純粋に楽しんでいるようだった。
朝に自前の長編小説を執筆し、午後に本書を翻訳して疲れを癒すと言っているのだから驚きだ。


また何年か経ったら、私は本書を読み返すと思う。
そして、今作を読んだことで村上春樹訳のマーロウシリーズを揃えたくなったのは言うまでもない。





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