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日本の書店の今までとこれから(2024年6月25日)

※2024年6月25日に行われたイベントの参加レポートです。

歴史と旅のBAR IAPONIAには、読書が好きというお客様も多くいらっしゃいます。このnoteを書くライター、とりのささみこもそのひとり。

我々読書好きの足がつい向かってしまう場所、書店。その書店の数がいま、どんどん減ってきています。

「地方の経済紙には毎週毎週、書店が閉まりますっていう記事が出てるんですよ」

そう語るのは今回のプレゼンター、近藤午郎さん。

元丸善CHIホールディングスで長年勤務し、現在はフリーランスとして出版事業にも携わる、書店ビジネスのスペシャリストです。

日本の書店、ひいては書籍業界の抱える問題と、わたしたちの”本を買う”という行為をとりまく環境がこれからどう変化していくのかを学びます。

減りゆく日本の書店

あるデータによれば、2003年から2023年にかけて、日本にある書店の数は20,880店から10,918店と半数近くまで減少しています。しかもこの数字は、書店の外商事務所まで含んだもの。

「実際、書店として店舗営業をしているところはもっと少ないと思います。お店の数でいったら、今は多分8,000軒くらいになっているんじゃないかと」

書店閉店の流れは、昨年からはより一層加速しています。

「中目黒に、新高堂書店さんっていうものすごい古い歴史をもった書店があったんですけれども。そこも、『もうやれない』とお店を閉めてニュースになっていました」


東京・中目黒の「新高堂書店」が30日に閉店へ 125年の歴史に幕(朝日新聞デジタル)

「さらに今年の5月から、地方のぼちぼち大きな書店が、10店舗くらいをチェーンで持っているうちの不採算店を閉めだしている。そんなことも顕著に現れるようになってきたな、とみています」

このような流れの中、いま日本に増えているのが”無書店自治体”の存在です。

「書店をもたない自治体が、全国で今いくつあるのか。この話が最初に出たのって、2010年代の前半に毎日新聞が報道したのがきっかけだったんですけど、当時そんなニュース誰も見向きもしなかった」

「そこから10年経って、ようやく皆さんが『自分の住んでいる地域に本屋がない』と意識するようになり、”無書店自治体”という言葉もだいぶメジャーになってきました」

なぜ書店は消えていくのか

「その中で書店振興プロジェクトっていうのを、経産省が始めました」

今年3月、斉藤経産相から発表されたこのプロジェクトの目的は、書店を支援する策を検討することです。立ち上げの背景には、数年に亘る書店の閉店ラッシュに危機感をおぼえた出版業界からの働きかけがあったのだそう。

「じゃあなんでこんなに書店が閉店していくのっていうところが、たぶん皆さんよく分からないのではと思います。このあたりを、厚くお話ししていきますね」

書店振興プロジェクトによる分析で浮き上がってきた要因は4つ。

・書店の粗利の低さ
・Amazonなどネット書店の存在
・図書館での売れ筋商品副本問題(人気の図書を複数在庫し、たくさんの人が借りられる状態にしていること)
・業界全体における、業務効率化の遅れ(例:DX化)

一方、今年5月に発売され注目を集めている『2028年 街から書店が消える日 本屋再生!識者30人からのメッセージ』(小島俊一著、プレジデント社、2024年)は、次の3点を書店衰退の要因として指摘しています。

・書店の粗利の低さ
・書籍業界の流通の行き詰まり
・人材育成・教育研修の欠如

「そのほか、再販制度と委託販売が悪いんじゃないのかっていうのも、よく言われています」

再販制度とは、書店で扱う書籍は出版社が決めた全国一律の価格で販売するという制度のこと。

そして委託販売は、出版社が書店に預けて販売する書籍のうち、売れた本のぶんの料金のみ出版社に支払われ、売れ残りについては3ヵ月半の間返品可能とする仕組みをいいます。

どちらも書籍業界特有のルールです。

これが悪いのではないか。いや、こちらのほうが問題なのではないか。さまざまな意見が飛び交うなか、近藤さんの考えは。

「”本”業で食えないことが、書店の閉店につながっているんです」

「ダブルミーニングだと思ってください。『書店本来の仕事である』ということと、『本を売って利益を出す』ということ。この本業でうまくいっている書店は、基本的にもう無いとわたしは思っています」

書店にはさまざまな形態があり、80年代頃から登場した蔦屋書店のような、ロードサイド店舗の複合型書店もそのひとつ。

このタイプの店舗では、店内で売られている商品の半数近くを本以外のもの、雑貨や食品が占めています。

「これはもう取りも直さず、本を売ることでは利益を得られないので、本よりも利幅の大きいものを売ってなんとか黒字化を目指しているんです。本を売って利益が得られない状況が続く限り、書店はこれからもどんどん、閉まっていかざるを得ない」

この窮状を受け、昨年、業界にある動きがありました。

紀伊國屋書店とカルチュア・コンビニエンス・クラブ(蔦屋書店の運営会社)、そして出版取次の日本出版販売会社(通称・日販)によって、ブックセラーズ&カンパニーという合弁会社が立ち上げられたのです。

長らく日本の書籍業界を支えてきた3本の柱。本を売る書店、本をつくる出版社、そしてその間で流通を担う出版取次会社。

そのうちの2つである書店と取次、それも、それぞれが業界大手である3社が手を組んだ狙いは、書店の粗利率の向上です。

「ブックセラーズ&カンパニーの役割は、従来の出版取次に近いものになります。日販には配送を主として任せて、代わりに書店の粗利をあげようと、ざっくりまとめるとそんな話。正確には、もう少し違う実態ですが」

そもそも、どうして書店の粗利は低いのでしょうか?

「基本的にはやっぱり、委託販売っていうのがいちばんの要因です。そのルールを悪用して、たとえば、書店が追加発注した本を、1ヵ月経ったら『やっぱり売れないから返します』って、それが平気で行われるんですよ」

制度上、書店は売れた本のぶんしか出版社に支払いません。商品がそこにあり、実質的に取引が行われているにも関わらず、返品されてしまうと出版社に売上は立たないのです。

「だから、書店の粗利はもともと低く抑えられてきた部分がある。本1冊の基本的な利益配分は、書店が23%、出版取次が8%、出版社が69%になっています。この書店の粗利23%を、30%に引き上げてくれとブックセラーズ&カンパニーは言ってるんですね」


23%から30%。差分となる、7%の補填が必要です。

「負担できるのは、はっきり言って出版社だけです」

そもそも8%しか取り分のない取次会社、じつは、彼らもまた本業……つまり、書籍の出版取次事業では稼げていません。6月に出た大手2社、日販とトーハンの決算では、双方とも出版取次事業で赤字を計上していました。

ならば、出版社の売上から7%を持ってくるしかない。

しかし、話はそう単純ではありません。

「出版社というのは一般的な製造業と比較して原価率が結構高いんです。そのあたりを冷静に分析すると、出版社も正直、この7%のアップは背負えないところが多いんですよ」

日本の書店のこれから

書店、取次、出版社。すべてのプレイヤーに余裕がなくどん詰まりなこの現状、どうすれば打破できるのか。

近藤さんがたどり着いた答えは、本の値段を上げることでした。

「日本の、世界に類をみない安い価格で本が買えるこの状況は、なくなっていかざるを得ない。正直言って、今の仕組みで粗利の改善っていうのは難しいと言わざるを得ないです。やれることと言ったら、本の値段を上げるしかないんです」

書籍そのものの単価があがれば、書店の粗利を増やすことも可能です。しかし、この考えには賛否両論あります。

「単価を高くすればそれだけ購入者が減るだろう、とおっしゃる方もいます。当然だと思います。それから出版社の立場からしてもね……値上げって勇気が要るんですよ」

近藤さんは、現在自身が業務契約をしている出版社ブックダムへも本の定価値上げを提案しました。

「もう今我々ができるのは、定価をあげてもお客さんに読んでもらえる本を供給するしかない。定価にマッチした中身のほうを作っていくしかないんです」

日本の出版業界は、一度出荷するとお金になる(実際にキャッシュとして入ってくるのは半年後)という仕組みになっています。その結果、世に出回る書籍はいわゆる玉石混合状態に。

出版物に求められるのは今後、量より質になっていくのかもしれません。

一方、書店自体もやるべきことがある、と近藤さんは考えます。

「実は書店って、小売本来の仕事をしていないケースが多いんですよ。小売って、自分たちが売りたいものを選んで仕入れて販売しますよね。ところが、書店の場合はほとんどが取次店の配本に任せて、マーチャンダイジングを流通に委ねてきてしまったんです。書店が弱くなっている理由のひとつでもあります」

「最近よくある、独立系書店やシェア書店。経営がうまくいっているかはわかりませんが、少なくとも勢いはある。彼らは、自分たちで売りたい本を仕入れて売るっていう、小売本来のやり方をしているんですよ。一般の書店も、これからは自分たちでそういうことをやっていかなくてはいけない」


DX化や情報発信も、まだまだ業界の中では伸びしろのある領域です。できることはまだまだある。けれど、それが粗利の改善につながるかといえば、それはやはりまた別の話……。

悲惨なことを30分も話してしまいましたね、と笑う近藤さん。

「これが本当に、偽らざる今の業界の状況です。でも、書店がなくなるってことは、絶対にないです。どんな形でも、多分残っていきます。ただ、今までと同じような便利さはなくなる可能性はありますね。ちょっといけば本屋がそこにある、というような」

「身も蓋もないお話ばっかりで申し訳ございませんが……でも、書店って面白いところなんで。わたしがなんで書店に就職したかと言ったら、やっぱり小さい頃から本に囲まれて生きてきたので、就職する先ってもう、書店しかないと思っていました」

いま、本は気軽にAmazonで買えます。電子書籍や、オーディオブックの選択肢もあり、そもそも余暇の時間を費やす対象が本以外にも溢れています。

それでも、”本が好き”なひとにとって、書店の存在は特別なはず。

近藤さんの言葉に呼びおこされたのは、子どもの頃の記憶でした。書店に入るたび、新しい本との出会いにワクワクと高鳴っていた気持ち。

「やっぱり、消費者が可処分所得をどれだけ本に回せるかっていうのは、重要なポイントだと思います。我々もできることをする。『書店を守りたい』と皆さんが思うのであれば、皆さんのできることをぜひやっていただければいいなと思います」

近藤さんのnote
https://note.com/goro890200/

株式会社ブックダム
https://bookdam.co.jp/


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