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【レポート】場の発酵研究所:第1期#12 [ゲスト]花澤 寿さん

こんにちは、事務局の渡辺(わったん)です。

11月23日(火)、場の発酵研究所・第12回でした。ゲストを招く回はいよいよ最終回。第7回以降は研究員と共に話し合ってゲストを決定していて、今回は研究員から推薦のあった、精神科医の花澤 寿さん(千葉大学)をお招きしました。場の発酵研究所としては初めてとなる、医療の現場からのゲストです。

第12回ゲスト:花澤 寿 さん

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花澤さんが表示したスライドのタイトルが「ポリヴェーガル理論からみた精神科医の仕事」。ポリヴェーガル理論とは、精神生理学・行動神経学者のポージェス博士によって提唱された「自律神経系の適応反応に関する新しい理論」(花澤さんの論文より)とのことです。この理論が場の発酵とどう関係してくるのか?花澤さんは診察室の例を用いて説明してくださいました。

ポリヴェーガル理論とは

精神科の診察室で起きていること

例えば、医者が患者さんに対して良い働きかけをしようとしている場合。しかし患者は逃げ腰で、場合によってはその場にいたくないと思っていることがある。

逆に、「お前になんか話しても理解できないだろう」と怒りや敵意を医者に向けてくることもある。
患者もまた医者に関心を向けてくれる状態がベスト。

医者が良い状態だと判断し、物理的に、あるいは心理的に患者との距離を縮めようとする場合。関心を向けてくれていると思っていた患者が、やっぱり逃げ腰になることがある。

そもそも、患者に動きや表情が乏しく、読み取りづらいこともある。

このように診察室での患者さんには、場に対して「無意識のアセスメント(評価・分析)」が働いていて、そこから反応が起きている、と花澤さんはいいます。患者が「ここは大丈夫、安全、敵ではない」と思えると、安心するし落ち着くし表情が緩む。逆に「ここは危険、安全じゃない、敵かもしれない、敵だ」と思うと、不安だし落ち着かないし表情がこわばる。それが「圧倒的な脅威」になると動けなくなり無表情になる。そんな3つのパターンを、「自律神経系の反応システム」として解明したのがポリヴェーガル理論だそうです。

Polyvegal(ポリヴェーガル)理論
Poly=複数の
vegal=迷走神経

従来は1種類だと言われていた迷走神経が、実は2種類あるという理論。
これまでは交感神経と副交感神経がシーソーのような関係にあり、どちらが優位にあるかどうかでストレスが語られていた。
ポリヴェーガル理論は、3つの神経系による階層的なストレス反応を明らかにした。

【腹側迷走神経(複合体)】:社会的関わり
【交感神経系】:「逃走闘争」反応
【背側迷走神経系】:「フリーズ」反応

進化の道筋で考える

花澤さんはポリヴェーガル理論について、人類の進化の過程に沿って説明してくださいました。ストレスに対して個体として生存戦略をとる場合、逃げるか闘うか、という選択となります。しかし人間は個体として弱すぎるので、他者と助け合い、集団で生きることを選択してきました。これは哺乳類全般で見られる特徴であり、それが極端に表れているのが人間だそうです。

一方で人間は、同種の個体同士で殺してしまえる生き物でもあります。相手が常に敵になりうる生き物なのです。そのために登場したのが、敵への反応である交感神経系の緊張を和らげる「腹側迷走神経(複合体)」だそうです。緊張を和らげなければ、逃げるか闘うかの二択になってしまいます。

緊張を和らげる「腹側迷走神経(複合体)」

緊張を和らげる仕組みは、身体の緊張を緩める腹側迷走神経と、人と人との関わりを司る脳神経系(顔を向ける、表情を作る、声を出す、聴く…)が協調して成り立っているそうです。なので「複合体」といわれています。

例として花澤さんは、母親と赤ちゃんが向き合って笑顔になっている写真を紹介してくれました。その写真では、お互いに首の筋肉を使って顔を向けあっています。赤ちゃんの笑顔はお母さんの腹側迷走神経に伝わり、心臓がゆっくり動き、複合体にある顔面神経に伝わり、自ずと表情が和らぎます。それを見た赤ちゃんにも同じ情報が伝わり、お互いに高め合うポジティブなフィードバックループが生まれ、人と人のより良い関係がつくられるそうです。(Face - Heart connection というそうです)

ストレス反応の3階層

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花澤さんが患者に説明する時に、上記の図をよく使うそうです。緊張感が真ん中の耐性領域より上にいくと、逃げるか闘うかという反応が起きます。下にいくと、フリーズして何も言わなくなったり表情がなくなったりします。

1日の流れとして理想的なのは、朝から午後にかけてゆったりと緊張感が高まっていき、緊張感の上下はあるけども逃走・闘争反応まではいかず、夜にかけて緊張感が下がっていくという状態だそうです。

しかしなかなか、そうはいかず、例えば授業中に急に当てられると緊張感がグッと高まって逃走・闘争反応にいってしまうといったことがあります。それくらいなら問題はありませんが、精神科医のもとに来る患者には、逃走・闘争反応が慢性化している人がいるそうです。例えば職場にパワハラ上司がいて1日中ストレスを抱えているなど。そうなると緊張がとれず、夜も眠れなくなります。またトラウマなど長年に渡ってストレスを抱えている人は、下層のフリーズ反応が慢性化してしまうことになります。そして慢性的なストレスに晒されている人たちは、真ん中の耐性領域が狭くなってしまっているそうです。

花澤さん:

私たち治療者は患者に関与することで、耐性領域に持っていこうとします。
治療者は患者に「安全」と思ってもらうよう存在すること、患者の神経系の状態を捉えて「社会的関わり」の階層に立ち戻ってもらうこと、その上で協働して一緒に治療にあたること。

ポリヴェーガル理論の視点から、このような姿勢が大切といえます。
治療者と患者の間に信頼関係をつくることで、患者による目標が立てられ、そこにむかって協働しながら進んでいきます。

ポリヴェーガル理論と場の発酵

花澤さんの話題提供を踏まえて、場の発酵研究所メンバーとの話し合いに入ります。

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研究所の発起人・坂本は、「場の発酵に対する一つのガイドラインのようなものを、科学的に説明してくださったように思う」と。場を発酵できる状況であるために、安心な状況をつくることが大切になってくるのかもしれません。

研究員からは質問が挙がります。第3回ゲストの鈴木美央さんのお話に、マルシェの通路に座り始めたおじさんがいて、そんな時は邪魔者扱いされることが多いけど、そうはならず、おじさんと周囲にいろんなコミュニケーションが生まれていたという話がありました。周囲を困らせそうな人だと思って排除すると、そこで関係は終わりますが、そうではない関わり方が場の発酵につながる時があります。そんな時、人間にはどんな反応が起きているのでしょうか?

花澤さん:

わけがわからない人を「潜在的に危険な人」と認知することは、自然なことです。

排除することも選択肢としてあり得ますが、排除することで場の豊かさはなくなります。既存の枠にはめこもうとするのではなく、そこから起きる可能性を活かすこと。

その時も、集団を構成しようとする人たちが、ストレス反応の3階層における耐性領域を保った状態でいることができるかどうかが大切です。

近代化と人間の利他性

前近代の農耕社会では、人間は生まれてからずっと集落規模で暮らしていて、顔見知りの関係性だけで一生を終えていました。しかし近代化によりストレンジャー(見知らぬ人)に出会うことが増え、それによりストレスが増えたと花澤さんは言います。

一方で研究所の発起人・藤本は、過去に両親が急にいなくなったことでフリーズ状態に陥っていたのかもしれないと。癒えない傷(トラウマ)がずっとあり、そこから回復するために社会的な関わりを自ら求めたのかもしれない、と言います。

花澤さん:

トラウマは、ポジティブな結果を生むこともあります。

自分が苦労した経験を他人にさせたくない、という利他性が人間の本能にはあり、心理学などの分野で証明されつつあります。

近代化によってストレンジャーが増えましたが、ストレンジャーであっても助けたいと思うのも人間であるといえます。

場の発酵に関わる人たちが、ストレスの3階層がどのような状態になっているのか。それを素人が見極めるのは難しいことかもしれません。しかし今回のような視点を知っておくことで、例えばすごく怒っている人や、表情が曇っている人たちへの関わり方は変わっていくのではないかと思いました。

自分が耐性領域にいるとしても、必ずしも相手がそうとは限りません。今年の場の発酵研究所の締めくくりふさわしい、大切な理論を学ばせていただけたと思います。

いつもご覧いただきありがとうございます。一緒に場を醸し、たのしい対話を生み出していきましょう。