見出し画像

初めてのアジアに救われた話

ふいに、昔のことを思い出している。

確か10年前になると思う。僕は、日本で働くことに嫌気が差して、大きなバックパックを背負って飛行機に乗った。行き先はタイのバンコク。何も考えていなかったし、考えたくなかった。とにかく、どこか遠くへ行きたかった。

それからおよそ3ヶ月間、バンコクを拠点にタイ北部、ラオス、カンボジアを周遊した。安宿に泊まって、自分と同じような境遇の人達と知り合い、町を散策したり、観光地を巡ったり、お酒を飲んだりして過ごした。

日本で稼いだ金を元手に、自堕落な期限付きの自由を満喫していただけなのに、なんだか自分が日本で働いている同世代の人達とは違うことをしているような、間違った"特別感"を抱いたのは、初めて聞く外国語の響きや、南国の生暖かい空気、雑多な路地裏に充満する饐えた匂い、、、だから、それは東南アジアのせいだった。

実際に住んでみれば違うのだと思うけれど、"一時の滞在者"に対して、南の国々は優しかった。日本のように理路整然とされていないカオスな町並みを歩き、のんびりと過ごしている(ように見える)現地の人々に紛れ込んで屋台で引っかかるビールは、東京の洒落たバーで飲むそれよりも健康的で、まるでそれが本来の飲み方だったのかと思うほど美味しかった。

"初めてのアジア"は、僕にとって逃避先であり、新しい世界の扉であり、だから、大袈裟に言えば救いだった。それは、ものの見事に良い面だけを視界に捉え、脳内で都合良く補正されたものだったのかもしれないけれど。

それでも、僕は東南アジアに救われたのだ。10年前、初めてバンコクに降り立った時に感じた不安と期待の混在する生暖かい風を、僕はこの先も忘れることはないだろう。

画像1



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?