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BANDIT創刊にあたって

第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、私たちの若い文化力の敗退であった。

『角川文庫発刊に際して』角川源義

文庫本を開くと最後のページにそのレーベルを創刊したときの理念や抱負を記した文章がたいてい載っている。私はそんな創刊の辞や「刊行にあたって」と題された文章を読むのが好きだ。

中でも角川文庫の末尾に載っている『角川文庫発刊に際して』と書かれたわずか1ページの文章が最もお気に入りである。第二次世界大戦直後の食糧や生活用品の調達さえ困難な時代の中にあるにもかかわらず、文化の復興にその人生を捧げようという思いが文章のそこかしこから熱気となって溢れ出している。祖国の敗戦を目にしてなお文化の礎を築かんとする角川源義の覚悟に思いを馳せると胸が熱くなる。

翻って私たちの置かれた時代の状況を考えてみる。

西洋近代文化の摂取にとって、明治以降八十年の歳月は決して短かすぎたとは言えない。

『角川文庫発刊に際して』角川源義

と源義が書いた80年に近い歳月が終戦から経とうとしている。その間に日本は高度経済成長期を経て、世界の最先端の文化人が日本にやって来たり、世界の文化のシーンと繋がるような文化が花開いていたバブル期のような時代もあったと思う。

しかし、今や日本は世界史上類を見ない超高齢社会を迎え、失われた30年は何十年続くともしれない日本の衰退へ至ろうとしている。経済状況の悪化はそのまま文化の衰退へと繋がり、私たちの世代の多くは日々の生活を成り立たせるのにやっとで本をゆっくり読んだり、映画の余韻に浸ったりする余裕なんてとてもない毎日を送っている。

この文章を書いている私自身、文筆で生計を立て、物書きとして名を馳せたいと考えてきた。原稿料をもらってメディアに文章を載せたこともあったが、学生時代のアルバイトよりも少ない額しかもらえず、とてもこんな収入では生活していくことはできないとしか思えず、今は全く別の仕事をして身を立てている。

そんな経験をしているから、「景気がもっと良ければこんな苦い思いをしなくて済んだのに……」「バブル時代に生きた世代はもっと能天気に生きていたはずなのに、なんで自分の世代は……」とついつい考えてしまう。

だが、いつの日かそれではだめだと気づいた。
怒りを一度忘れ、自分の足元をしっかりと見つめ、確かな一歩を踏み出さないといけない。

私は世界と対峙してそれでもなお残る自己の痕跡を文章としてとどめたい。
この目に映る景色、耳から入ってくる話、頭の中を錯綜する情報。
世界の姿を編集し、いま最もアツい場がどこなのかを示したい。

だから、私は消耗していくだけの日々は止め、ここに私たちの若い文化力をもう一度力強く示していくために『BANDIT』を創刊しようと思う。
悔しい思いをしても、貧しい思いをしても、目の前にある本当に面白いものを世の中に広く伝え、ひとつのシーンを形作っていきたい。

もちろん、安易な自己啓発書が言うように自分の半径5メートルにある解決可能なミクロな課題にだけ目を向け、世界に蔓延る不正や悪行には目をつむるというような態度では世界を本当の意味で良くしてはいけず、私たちの若い文化はかえって力を失っていくだけだろう。

怒りは必要だ。だが、ただ怒りに身を任せてもいけない。『BANDIT』は、世の中の不条理に怒る熱いハートは持ちながらもクールに私たちが生き残っていける戦略を思い描いていけるような場所にしていけたらと思う。

BANDITは英語で山賊やならず者、盗賊などを意味することばだ。この文章に共感する「私たち」はいつも世の中から爪弾きに会い、世間とは上手く調和して来られなかったはみ出し者だと思う。私はそんなならず者たちと徒党を組んで世の中を襲い、既成の価値観を組み換えてしまうような運動を形作っていきたい。

私たちの若い文化力をいま一度世界に示すにはそうするしかないのだから。

BANDIT編集長 坂田散文

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