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おれの音楽の楽しみ方

noteで音楽の記事を書くたびに、ア~!これは誰も読まないかもしれない!この文章は宇宙のもくずとなり電子空間でさまよい続け、還る土もないまま律儀に発信される準備を整えるためだけにアドレスを獲得することになるのかもしれない!ア~~~!!!でも書く!なぜなら、おれが書きたいから!
と思いながら公開ボタンを押しているから、何かしらのリアクションがあると本当に嬉しい。ありがとうございます。
「音楽は基本的に一人で聴くものだよ~!」という考えでありつつも、またこうして音楽にまつわるnoteを書いているし、過去にはバンドもやっていたしイベントもやっていた。

● 知らない音楽を聴きながら生きている

ペースや手法は変えつつも、高校時代から続いていることだ。
しかし、意図的に続けようと思ってないし、習慣という言葉もしっくりこない。
起きる、ご飯食べる、歯を磨く、知らない音楽聴く、働く、ご飯食べる、知らない音楽聴く、寝る、といった具合だ。衣食住知らない音楽だ。
「なんでご飯食べるの?」と聞かれて「習慣だから」と答える人はいないだろう。
音楽のことを文章にするのも同じ感じかもしれない。そう、これがおれということだ(かっこよくなんてないだろ)

● 友人の音楽の好みをほぼ把握している

マメな性格でも知られるおれは、その知らない音楽の中で「これはアイツが好きそう」というのがあったらお知らせする。
それは、あらぬ方向を見ながらも、目の前の相手にCDケースをスッと差し出すように。あるいは背後から忍び寄り「聞けや・・」と囁きイヤホンを耳に突っ込むように。

これの最たる例は、友達に勧めたバンド、好きになるどころか、いつの間にかそのバンドのスタッフになっていたというやつである。軽く人生に影響している。

●ライブを自由にたのしむ

マイペースでお茶目な一面も持ち合わすおれは、観に行くライブにおいても自由である。

例えば、ステージ上のミュージシャンがハンドクラップを要求したとしても、それをして一番テンションが上がらないなら、やらない。
ライブでは、音楽に任せて好きなようにリズムをとったり拳をあげたり踊ったりするのが気持ちいい。
サビでリズムに合わせて手を振ったり、ハンドクラップしたりっていうのが別に気持ちよくないことが多い。
リズムとかグルーヴに合わせて全身を委ねるのに、肘から先だけしかアンテナがないような気持ちになってしまう。

逆に、「みんな自由に、思い思い動いた結果、動き自体はバラバラだけどそこから生まれる一体感」みたいのが大好き。
他の客の踊り方なんて誰も見ていないし、各々を解放してセンスを出したほうが楽しいと思う。もし見ていても咎められはしないだろう。だったらいいじゃん。
なんか、「みんなで一斉に手をあげる」とか、気持ちいい瞬間もあるけど、特に日本の音楽シーンにおかれましては、そういう形式だけが先行している場面もあるなと思う。

●今夏のテーマ

そう言いつつ、おれだって、ちょっと恥ずかしくなってしまうこともあるのは事実。
だから今年いくサマーソニック、エアジャムのテーマをこうする。

己の解放

楽しんだもん勝ち。何に?自分に。
今年の夏はとんでもないことになるぞ。

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