見出し画像

南アフリカの教育と格差〜アフリカーンス系キリスト教高校から見る社会

南アフリカに移住して、はや6年目。
アフリカ大陸の中でも際立つユニークな歴史と多様な人が暮らすこの国で、私はパートナーの視点から社会を見ることが多い。

よく思うのだが、おそらく完全に独り身で、あるいは日本から駐在や留学でこの国に来ると、自然といわゆるアッパー層に近くなると思う。
アパルトヘイト時代”名誉白人”という不名誉な地位を享受してきたということもあるし、この国では東アジア系は比較的アッパーな位置付けになることがよくある。
大学の同僚に、ロシア先住民の学者がいるのだが、彼女は自分のことを「アジア系ロシア人」と呼ぶ。確かに見た目だけ見ると、多くの人は彼女は中国かどこかの出身だと思うだろう。彼女がいっていたことで興味深いフレーズがある。

「人生でずっとマイノリティだった。白人至上主義的なロシアで、先住民である自分は有色人種として阻害されてきた経験をしている。しかし、南アフリカに来て、初めて『白人として扱われる』経験をした。ここでは自分は特権側になれる。でも自分は、周辺化される経験が痛いほどわかるから複雑な気持ちになるのだ」

彼女は博士号を持っている学者なのだが、ロシアでは先住民族でそこまでの学位を持っている人は少ないらしい。ロシアでも先住民であるがゆえに家の入居を断られたが、博士号を持っていることで手のひらを返したように『人として扱われる』ような経験も多くしているという。
彼女はよく私に会うと「自分の他にもアジア人の顔が見れて嬉しい」と言ってくれる。

長々と書いたが、私は確かに移民で外国人で、非白人ではあるが、南アフリカでは割と容易に特権側に入ることができる。先進国からアフリカに来ているので、経済的にも貧困層の人が届かないスペースに行くこともそこまで難しくない。

ここに住んでいて感じることの一つは、このような日本人・アジア人の立場ゆえに、南アフリカで”かつて阻害されてきた人々(previously underpriviledged)”、つまり黒人やカラードといった非白人の南アフリカ人のリアリティ、特にその中でも比較的経済レベルが低い層の生活や文化、そこから見る社会を知ることは難しいということだ。

私のパートナーは、アパルトヘイト時代、黒人(先住民)にあてがわれた”自治区”であるホームランド(人口8割の黒人たちに対して13%ほどのホームランドがあったので、それ自体が差別的な施策だったと言われている)出身である。彼の直近の家族は、アメリカで修士号を取得していて、大学や弁護士事務所などホワイトカラーの仕事についている人も多いが、各大家族の中には、アルコール中毒や精神疾患を持ち、失業している人や、高校を修了できずにかつてのホームランドで暮らしている人、プレトリア郊外のタウンシップで暮らしている人も多い。
そうした立場から見える世界は、案外長く南アフリカに暮らしている日本人でも見えにくいのかもしれない。と思うようになった。

そうした思いもあり、noteでは意図的にそうした側面から見えてきた世界や、そもそも重層的というか複雑な南アフリカ社会から学んだことや気づきを書き留めてみている。

それでも、自分は特権的であるということには自覚的にならないといけないし、忘れがちなのは、こうした私の立場だからこそ見えにくい視点もたくさんあるということ。

今日は、珍しくパートナーの高校時代の同窓会に参加してみて、見えてきたことを書いてみる。

南アフリカの教育

そもそもの南アフリカの教育について。
南アフリカには、質の高いトップレベルの教育機関はたくさんある。特に高等教育のレベルは高く、多くの国立大学は世界の大学ランキングでも上位にあり、他のアフリカ諸国からも留学に来る人はもちろん、英米の有名大学卒業の教授がいたり、欧米国籍の教授や調査員も珍しくない。

ただ、初等教育を見ると話は別になってくる。
初等教育でも、私立や富裕層のエリアにはハイレベルで質の高い教育機関はあるのだが、もともと非白人にあてがわれていた居住区であるタウンシップやホームランドに行くと、教育の質はグッと下がる。そもそも高校を卒業できない人も多くなり、一人1つの机がなかったり、文房具が足りなかったり、一人1冊の教科書がなかったり。

私のパートナーも例に漏れず、そういう環境で育ってきた。
例えば歴史を学ぶにしても、教会書がないので、先生が毎回プリントを配る。無くしたら、歴史の復習をしようにも穴が空いて難しい。
水糊は高級品なので、多くの生徒が剥がれやすいスティック糊を持っているため、水糊を持っている子はスターだ。
給食があるところもあるし、ないところもある。ない場合は、安いパンにジャムとマーガリン。チーズが挟まっているランチを持ってくる子は、ちょっといい家庭の子なので「チーズボーイ」「チーズガール」と呼ばれたものだそうだ。

ただ、パートナーの場合は、母親が転職をして出世することで、学生時代に生活がどんどんよくなってきた。
高校最後の2年間は、首都プレトリアにあるキリスト教系の私立学校に入ることができたのだ。

そこでは、非白人の生徒は1桁台しかいなく、多くの生徒がアフリカーンス語(オランダ語由来の言語が南アフリカで独自に発展したもの)を母語にしていて、両親もホワイトカラーの職に住んでいる裕福な子が多かった。

私は、彼のその頃の友達と会うことは少なかったが、今回は卒業から10年以上経って初めてリユニオンが企画されたらしく、参加することにした。

南アフリカではホームパーティや結婚式には、自分だけでなくパートナーも一緒に参加するのが当たり前なので、私も興味本位で行ってみることにした。


南アフリカ国内の文化の違い

普段は南アフリカの大学の中でも、かなりプログレッシブでリベラルな大学の、特にプログレッシブなセンターに所蔵していて、親戚やパートナーが一番仲良くしているグループは、大学時代エンジニアを一緒に学んだアフリカ系南ア人やモザンビーク、ケニア人の仲間たち。
今回の場は、わたしたち以外、一人インド系の人がいた以外、全員アフリカーナー(オランダ系白人)の同級生たちの集まりで、私としてもとても新鮮だった。

ソーシャライズの仕方や話す話題、食べ物など、同じ南アフリカといえど、文化が全然違うのだ。

同級生はほとんどみんなパートナーや子どもを連れてきているので、配偶者組はほとんど全員初めまして。一部の人は、アフリカ系のパートナーとアジア系の私をみて、私の方が同窓生だと思った人もいるくらい、その場には私が普段馴染んできたと思っている南アフリカとは違う空間だった。

キリスト教系かつ人種の同一性の高い空間は、保守的になることが多いのだが、パートナー曰く、この学校はキリスト教系の学校の中ではリベラルサイドに位置し、全国的に見たら中庸くらいでは、と言っていた。(主観なので、本当のところはわからない)

とりわけ気になったのは、経済的なギャップである。

若者の失業率が5割を超えるこの国で、彼らには失業という概念は無縁のように見えた。子どもがいる人も、共働きをして、キャリアを積んでいる。
パートナー自身も関心があり、仕事や家族について話すことも多かったのだが、驚くべきことに8割くらいの人が就活せずに今の職業についているのだ。多くは両親もホワイトカラーの仕事についていて、大学を修了したら、関連会社や紹介などのコネで就職するようだ。そうすると、仕事の話から自然に両親の話になる。

パートナー的には、本人や両親も含めて、興味深い仕事の話も聞けたようだけど、わかりやすい富の継承を見たようで、これでいいのだろうかと不安になった。

この訪問で初めて知ったことはもう一つある。
南アフリカの高校の入学制度だ。聞いたところによると、受験というものは存在せず、基本的にお金さえあればいい学校に入れるらしい。

南アフリカは私立学校は特に、かなりレベルの高い学校も多くある。しかし、そうしたハイクオリティの学校は、どうしても学費も学費も高くなる。みんながそこにアクセスできるわけではないのだ。
私たちの親戚の中でもあるのだが、金銭的な余裕がない家庭では、両親と上の兄弟が日銭で稼いだお金を、下の子どもの教育に託し、下の1人か2人だけいい学校に通学させてもらえることがある。そうすることでなんとか大学行きの道と、それだけでなくうまくいけばソーシャルキャピタルとしての人脈も手に入れられることがある。もちろん、文化的な違いによって、たくさんの苦労をすることにはなるのだけれど。
ここまでは、もともと知っていたが、この経済格差による機会格差は、例えば奨学金のような制度で、もうちょっと慣らされる努力がされていると勝手に思い込んでいたのだが、どうやらそういうわけではないという話を聞いた。

私個人の感覚の話になるが、日本の私立もそうだが、優秀な学生には奨学金なども出して、学校のレベルが上がったりする方が、みんなにとっていいのでは?と思う。
ただ、この国では、それよりも宗教や民族アイデンティティなどを保守する方に力が働くんじゃないか。そういう声も聞いた。

2022年、世界銀行は南アフリカを世界で最も不平等な国とした。
この称号は、その年が初めてではない。
この夜は、その一端をみた気がする。


誤解のないようにあえて書くが、その夜を一緒に過ごした人は、みんな、いい人たちだ。他愛のない話もたくさんして、ただ一人外国籍だった私も、楽しい時間を過ごすことができた。
でも個人の心持ちと、人々が暮らす社会構造は、また別の話なのである。


この地でこれからも暮らしていくものとして、考えさせられる時間だった。


この記事が参加している募集

#スキしてみて

527,181件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?