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15. ディジュリドゥのジェンダー問題 後編 - ディジュリドゥとジェンダーバイアスをどう見るのか


性にもとづいたタブーは世俗の空間では存在しない

前編では「女性がディジュリドゥを演奏するのはタブーである」という考え方は、ディジュリドゥの中心地であるトップエンドでは一般的ではなく、ディジュリドゥは彼らの文化に深く関わっていることで、より日常的で距離感の近いものであることをいくつかの事例を挙げながら話しました。

日常生活といった私的なあるいは非宗教的な場面では、女性がディジュリドゥに触れたり、吹いたりすることは禁じられていない。というより、女性は一般的にいってこの楽器にあまり興味を示さない。なかに関心をもつ女性があっても、彼女が楽しむのを誰も気にとめないというのが現実だろう。南東部の都市に居住するアボリジナルや「白人」が「女性は演奏してはならない」と強調する、性にもとづいたタブーは、ディジュリドゥがもともと文化要素のひとつであったアーネムランドでは、世俗の空間においては存在しないのである。

「ディジュリドゥ - アボリジナル楽器の世界化の軌跡」松山利夫 / 平安女学院大学研究年報第16号(2016)

松山利夫教授が言う、アーネム・ランドではディジュリドゥに関する「性にもとづいたタブーは世俗の空間では存在しない」という考えは、ぼく自身の体験と重なります。


なぜディジュリドゥにジェンダーバイアスが存在するのか?

ではなぜ冒頭のようなディジュリドゥと女性に関する言説がまことしやかに流布し、伝統的にディジュリドゥを演奏する地域以外のオーストラリア内外でまるでそれが一般常識のようになっていったのでしょう。

一つは比較的ディジュリドゥの歴史が浅い地域では、女性とディジュリドゥについて、より厳しい傾向があるのかもしれません。例えば、19世紀になってディジュリドゥが使われるようになったと言われる西オーストラリア州のKimberleyや、クイーンズランド州のMornington Island、あるいはケアンズ周辺のDjabugay(Tjapukai)の人々など。近年になって自分たちの文化の中にディジュリドゥを取り入れたアボリジナル集団の存在があり、ディジュリドゥの中心地と考えられるトップエンドのアボリジナル集団とディジュリドゥへの接し方に差異があるとも考えられます。

伝統的にディジュリドゥが演奏されるトップエンドでは、歌とディジュリドゥ演奏は男性たちにゆだねられています。それをバランダ(ノン・アボリジナル)やトップ・エンド以外のエリアのアボリジナルが見聞きした時、女性は触ってはいけない男性だけのもの、という印象を強く与えたということは一つ考えられるかもしれません。

あるいはディジュリドゥがトップエンドの外に出て世界的に認知される楽器になっていく過程の中で、現実からかけ離れたイメージ先行の認知バイアスが発生したとも考えられます。

自分自身の例として、ぼくが現地を訪れてディジュリドゥを学びはじめた頃、松山教授に「彼らを尊敬するのはいいことだけど、彼らを持ち上げすぎて見ることも差別なんだよ」と苦言を呈されて、ハッとしたことを記憶しています。


イダキ・マスターD. Gurruwiwiの「女性とディジュリドゥ」への目線

日本人の女性のディジュリドゥ奏者を連れてイダキマスターD. Gurruwiwiを訪れたことがありました。その時彼は「バランダの女性がイダキを演奏しても全く問題はない。」と優しく語っていました。

[マロンさんのイダキ]マロンさんがもらった名前は「Wirrmu(月)」で、作ってもらった楽器に「Wirrmuを描いてもらえませんか?」とイダキマスターにお願いしたところ、彼はイダキのボトム部分に白の絵の具で三日月を描きました。「なんか物足りない」という雰囲気を察したのか、さらに十字を描いて「Banumbirr(モーニングスター)だよ」と言っていました。おまけにサインまでしていただいたという唯一無二のイダキ。

「女性はディジュリドゥを演奏してはいけない」というディジュリドゥとジェンダーにまつわる考え方が、オーストラリアの内外で一般化してしまっていることに一石を投じたい。そして、ディジュリドゥを趣味として楽しむ上での基礎知識として、いまだに力強い伝統を残してディジュリドゥを演奏する地域では広くオープンな楽器として扱われていることを知っておくことも大事なんじゃないかなと思います。

もし自分がノンアボリジナルの女性のディジュリドゥ奏者で、繰り返し他人から「ウィキペディアで見たんだけど、女性がディジュリドゥを演奏するのはタブーなんじゃないの?」って聞かれたら、めちゃくちゃ嫌だなって思いますし、そんな不快な思いをしてほしくないなと感じます。

[イダキ・マスターの両手]何本ものイダキを作り続けてきたイダキ・マスターD. Gurruwiwiの大きな手。北東アーネム・ランドという地域やヨォルングという民族性を超えてイダキを世界に広めた人物でした。その考えは女性のディジュリドゥ奏者にも広くオープンでした。

ぼくが師事したイダキ・マスターD. Gurruwiwiは老若男女にイダキに触れ合ってもらうことを望み、世界に向けてオープンな構えで居続けた人でした。彼の意思を踏襲し、無用なジェンダーバイアスを払拭してディジュリドゥを楽しんでいただけたらと願います。

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