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記号的であること、匿名的であること(Brainwaltzera「The Kids Are AI」レビュー)

例えば Vaporwaveの名盤『フローラルの専門店』をリリースしたアメリカのアーティストVektroidが、Machintosh Plus、情報デスクVIRTUALなど同時多発的に別名義での作品をリリースし拡散するという(セルフ・)プロモーションを行なった一方、

嘗てのウィッチハウスのようなムーヴメントがそうであったように、Unicodeや三角形、十字架といった可読性の低い記号を用い(†‡†、M△S▴C△RA、DI†▲ RΣDRUM等)、「名前」という記号をミスティフィカシオンのツールとして用いることによりオルタナティヴな組織感を醸し出したり、

The Spy From Cairoに対するZeb、トーマス・ナックに対するオピエイト、2 many djsに対するSoulwax、フォー・テットのKHや4TLR・・など色々とあるものの、

これらの音楽を「電子音楽」とかなり大雑把に一括りにした際に、ことこの「界隈」は、名前でアイデンティファイすることが難しいアーティストが散見される。

その中でも、記号的に名前を使うアーティストとして最もポピュラーで、最も謎めいているのはエイフェックス・ツインなのではないだろうか。

それにはリチャード・D・ジェイムスという人間が多作かつ別名義によるリリースも精力的に行なっていることにも起因しているが、あまりに作品がクラシックであるが故に、

匿名性の高いドリルンベースの音楽を鳴らす新人が現れたとして、「これはエイフェックス・ツインの別名義なのではないか?」という憶測が飛び交っている場面をしばし目にする。(The Tussなどのように

例に漏れず、この匿名的なアーティストたるBrainwaltzeraも「これはエイフェックス・ツインの別名義なのではないか?」とまことしやかに噂されているようだ。

Plásticaによるアブストラクトなジャケットが美しいEP「The Kids Are AI」は、スペインはマドリードのレーベルであるAnalogical Forceから2019年にリリースされた作品だ。

本作については実際のところ、「melting pot (vertical spaceBar) 」はテンポを落としたAFXの「Lisbon Acid」に聴こえなくもないし、

- Tims -」の複雑性を帯びたメロディに奥で鳴っているノイズのサウンドレイヤーの感じや、ディレイのかかったパーカッション、あるいは「buggy isotope v2」などを聴くにつけ、

エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works』の何かを追体験しているような気持ちになる・・何だか懐かしいような、不思議な感覚になるのは事実だ。

ブリーピーなシンセサイザーの音に、多層的なレイヤーを感じるリヴァーヴのかかったサウンドを合わせつつ、ボトムには神経質に連打されるパーカッション、しばし音階を無視したような素っ頓狂なメロディを重ねる所作は、確かに90年代〜00年代のワープにタイムリープしたかのような錯覚を覚えるかもしれない。

ただし、Brainwaltzeraについて飛び交う憶測については、彼自身は以下のように述べている。

”個人的には、特に電子音楽を聴いている時に、何か別の文脈が見えてくると気が散ることに気が付いて。個人的体験として、その音楽を誰が作っているかは知らない方が良いんじゃないかと思っている” (インタヴューより抜粋)

なるほど、作者の匿名性が保たれることによりぐっと作品にフォーカスされる。それもクラインの壺のごとくリスナーの興味を反転させる装置として効果的な一つのプロモーションかもしれない・・一度、エイフェックス・ツインやワープなどのコンテクストを抜きにして考えてみよう。

The Kids Are AI」収録曲については、複雑なパーカッションを用いているもののドラムンベースと呼ぶには少しまったりとしていて、レイドバックした印象を受ける。また、アンビエントとするにはメロディの起伏がありすぎる。

polter seesaw 1and2 [left_of_grounds] 」の深くリヴァーヴのかかったサウンドスケープに甘いシンセのメロディを合わつつ、細かいノイズの入った心臓音のようなビートを展開する様子はまるで、Balam Acabやウィッチハウスのようだ。

Brainwalzeraの楽曲については、「Bunker」EPのタイトル曲「bUnker」のような古典的なドラムンベース・モチーフの曲もあるものの、エイフェックス・ツインやスクエアプッシャー、あるいはダークサイケのPsykovskyのように超絶技巧的な細かい制御は見られない。

また、彼の他の作品からはトリップホップやダウンテンポといったスロウでレイドバックしたジャンルからの影響も見受けられるように、反響でサウンドスケープを作っているし、ビートやそれに重なるメロディはむしろシンプルだ。

ネオ・サイケとフリー・フォークを交えつつフロウティングな柔らかいビートで展開した「Hypnagogic pop(入眠時のポップ)」たるチルウェーヴ=00年代だとしたら、ブレイクタイムの経過とともに「Woozy(酒でふらふらする、の意)」なバッド・トリップ感、あるいはドリーム・ポップという更なるユーフォリアへ向かうのが10年代だったとして、

ドラムンベースの複雑性が、その記号を残しつつもよりそぎ落とされたシンプルなトラックに昇華される様子はなかなかに興味深い・・そう、それは決してアナクロニズムではなく、ダンサブルに再構築されたある種の「Braindance」、とも言えるのではないだろうか。(レーベルは違えど)

我々はエイフェックス・ツインの影からノスタルジアを感じつつも、Brainwalzeraというアーティストに、来るべきディケイドの片鱗を見せられてもいるのかもしれない。

【おまけ】

①参考資料程度に、別名義で活躍するDJなどの情報をまとめたサイトのリンクを載せておきます。でもこれ氷山の一角の一角なのですよね・・。

②「Braindance」とは・・リフレックス・レコーズの定義した言葉で、意味としては以下になります。

”伝統音楽、クラシック、電子音楽、ポップ、現代音楽、インダストリアル、アンビエント、ヒップホップ、エレクトロ、ハウス、テクノ、ブレークビーツ、ハードコア、ラガ、ガレージ、ドラムンベースなどのすべてのジャンルの音楽の素晴らしい部分を取り込む音楽”

③余談:Brainwalzeraがエイフェックス・ツインなのか?という憶測については、インタヴューを見る限り違うかな?と筆者は思います。


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