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【短編小説】推し屋

「これが今度の推しメンのチェキだ」

目の前の男が1枚の写真を渡してきた。そこには黒髪の少女がいたいけな笑顔で写っている。心が痛い。何故なら、私はこの子を殺さないといけないからだ。

私はプロの殺し屋で、写真を渡した男は仲介屋。生業的に素性を隠さないといけないので、仲介屋が依頼を受け、私に情報を提供する。そして、"推しメン"は"ターゲット"を意味する隠語である。万が一この会話が誰かに聞かれても、オタクとオタクが喋っているようにしか思われない。

「この子を推すのか」

「ああ、生写真も5セット買ってある」

生写真は報酬の単位で、1セットあたり1000万円。つまり今度の報酬は5000万ってことか。かなりの大物が裏にいることを察する。

「オタクはどんな感じなんだ?新規が多いか?」

「いや、おまいつが多いな。気をつけた方がいい」

やはり相手も守衛として刺客オタクを雇っているのか。殺しを始めたばかりの"新規"相手なら楽勝だが、業界内でも名が通っている"おまいつ"相手なら、それなりの用意をして"推し"に臨まないといけない。

「物販はあるのか?」

「開演前にある。ペンライトでもTシャツでも買えばいい」

任務の前に武器屋と交渉できるのは心強い。閃光弾ペンライト防弾チョッキTシャツも買えるのはありがたい。

「一応、女オタオタやマサイも同行させることはできるが」

と仲介屋は続ける。女オタオタもマサイも同業者のコードネームであり、殺しの腕が達者なのは知っている。しかし、女オタオタは殺し屋を殺した過去があるという噂を聞くし、マサイは周りを気にせず任務を遂行する癖がある。一緒に仕事したくないのが本心だ。

「いや、私一人で推しに行くよ」

「一人で行くと他界する可能性もあるから、私も同行する。安心したまえ、私は同担拒否ではない。あと一応警告しておくが、くれぐれもガチ恋はしないように気をつけてくれたまえ」

他界は言葉通り他界なのだが、それよりも今回は仲介屋も同行するのか?いや、まず”同担拒否”や"ガチ恋"なんて隠語あったか?私はアイドルに疎いのだから、あらかじめ意味を伝達しておいてほしいのだが。

「とりあえず先に渡しておくよ」

報酬は先渡しか、と思って封筒を開けたら、中には小切手ではなく黄緑色のチケットが入っていた。チケットには、『Zepp Haneda』という文字と番号が書かれている。

「ごめん、いつからアイドルの話してたの?」


いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます。