旅するようなラーメンを!!(2)

 初めてのアルバイト経験は小学校3年ごろの新聞配達だった。今では珍しく思うが、昭和の時代では同世代でも新聞配達をしていた子供はそう多くはないがちらほらとはいたように思う。

 初めは二つ上の姉がやっていた配達について行ったのがきっかけで、いつの間にか自分がやるようになっていった。20数件くらいの狭い範囲の配達だったので小学生にはちょうどよかったのかもしれないが、それでも毎朝6時くらいには起きて行くルーティーンは苦痛に思う日もあった。本部から届く紐で括られたうちの担当分を自転車の前かごに積み家を出る。ゆらゆらとペダルをこぎながら徐々に目が覚めていく。20数件を周るのに通常30分もかからない作業であったが、雨の日は新聞が濡れないよう一部ずつビニール袋に入れるための作業が増えそれなりに早く起きる。カッパを着てもそれなりに濡れるし梅雨時分の配達はたった20件ほどの配達でもなかなかのストレスである。

 うちの田舎は冬には雪がどっさりと積もり自転車での配達は困難なため歩いて行くのだが、雨の日と同様ビニール袋への個包装に加え、まだ雪かきの済んでいない狭い村内の道を進むためには雪仕様の身なりをして家を出ないといけない。これがまた朝の作業としては小学生には予想以上こたえるのだ。

 ただ今になって振り返ると、毎日欠かさず自分が起きるより前に母親が起きてから自分を起こし、雨の降る前の日にはカッパを用意していてくれたのだなと思うと当時気づかなかった親の有り難みを改めて気づいたりするのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?