見出し画像

ぼくは0点? 最終章 高1②

◆2学期 ツッパリ・ハイスクール・ロックンロール
 夏休み中さんざん悩んだ末に、2学期早々、秀雄は笠間先生に自分の気持ちと今後の計画を正直に話した。ぶん殴られるだけならまだしも、学校を辞めさせられても仕方がないと思っての一大告白だった。
 笠間先生の反応は意外なものだった。
 「ほう、やっぱりの。なんか常に心ここにあらずみたいやったんは、そういことか。合点がいった。そうやな、お前にはその方がええやろ。よっしゃ、校長や学年主任には俺がうまいこと言うとくけん、お前は何も気にせんでええ。それと、教科の先生方はお前の味方になってくれるはずやけん、高校受験の問題とか、どんどん質問せえ。俺がきちんと話をしておいてやる。そうか、頑張れよ。」
 ここで先生はニヤリと笑った。
 「それとの、ここだけの話や。俺の中3の息子も讃高を志望しとんじゃ。」

 このこともあって、秀雄はクラスの友だちにも正直に話したいと思うようになり、機会をうかがった。
 昼休み、秀雄のクラスの主だった連中数人は、学校を脱走して近くの小さな公園に向かう。勿論、校則違反だ。その公園にある木の少し高い位置にあるウロに、ビニール袋が隠してあり、その中にはタバコとライターが入っている。昼下がりの公園でプカプカ、勿論、校則どころか法律違反だ。

 当初の秀雄の予想に反して、ツッパった格好をしてくる生徒は数人だけ(担任が笠間先生だったせいもあるはず)、彼らほどではない変形学生服を着ているツッパリもどきがクラスの1/3、部活命のスポーツ推薦組が1/3、おとなしくてメガネが似合う、ちょっぴり不器用な真面目組が1/3という構成がクラス内にできあがっていた。
 秀雄はこのツッパリ数人と特に仲良くなっていた。彼らは皆、決して乱暴な性格ではなかったし、見た目とは裏腹に、話してみると拍子抜けするほど普通の男子だった。新学期初日から秀雄に話しかけてきたのは彼らの中の一人で、数人と仲良くなるのに時間はかからなかった。秀雄と言えども、友達付き合いの大切さは知っているつもりだ。放課後はすぐに帰ることにしている分、昼休みは極力彼らと一緒に過ごすようにしており、この公園にも大抵、同行していた。公園に行く生徒が全員、喫煙するわけでもなかったこともある。
 初めて公園に行った時に
 「いる?」
 とタバコを差し出されて
 「俺は吸わん」
 と断ったことが一度あるだけで、それ以降、しつこく勧められたり、吸わない理由を聞かれたりしたことはない。人が嫌がることを決して無理強いしない、詮索しないのは、彼らの中では暗黙の了解のようだった。

 小春日和の穏やかな日、秀雄はみんなに、自分は来年の高校受験にもう一度挑戦するつもりであること、このセントラル学園には最初から辞めるつもりで入学したこと、受験する気持ちが変わらなかったので12月いっぱいで学園を自主退学することを話した。しゃがんでタバコを吸う者、遊具に座る者、鉄棒にぶら下がる者、めいめいの格好で秀雄の話を聞いてくれた。
 「…はけんの、嘘をついとったつもりはないんじゃ。ないんやけど、今まで黙っといたことは謝る。ごめん」
 タバコを吸う数人は、いつもならやたらと唾を吐くのだが、今はそうしていなかった。
 「やるやん、ヒデ。すごいわ!」
 「おう、すごいわ。けど、お前が辞めたら、俺は誰に答えを聞いたらええんじゃ?」
 「ええのう。やりたいことがって。俺も学校辞めて何かしたいわ」
 「お前が辞めても何もやることないやろ?」
 「ヒデ、讃高の1年しめる時には呼べよ」
 殴られるまではいかなくても、嫌われること、「嘘つき」と怒られることまでは覚悟していたので、やたらと嬉しかった。

 学園には単に「自主退学する」とだけ報告することにした。笠間先生も、別に詳しい理由を説明する必要はないだろう、とのことだった。なので、クラスでも正式に挨拶することなく、静かに消えようと秀雄は思っていた。
 2学期最後の日、笠間先生がホームルームの終わりに唐突に切り出した。
 「ええか、俺は今からお前らの前で独り言を言う。独り言やけん、気にするなよ。校長や学年主任に言いつけるなよ」
 クラスを見渡しながら先生は続けた。
 「今日でうちを辞める奴がおる」
 「…」
 「というのは『秘密』にしといたはずやけど、なんやみんなにバレバレらしいわ…」
 ニヤリと笑って秀雄の方を見た。
 「ヒデ、みんな、応援しとるぞ。お前だったら絶対合格できるわ。自信もって行ってこい!さよならじゃ」
 クラスのみんなが一斉に立ち上がった。
 「おう、がんばれよー」
 「応援しとるぞ」
 「いつでも帰って来いよお」
 「あほか、帰ってくるなだろう」
 大歓声だった。秀雄はちょっと泣きそうになった。

◆3学期 彼の地へ
 1月、2月と秀雄は毎朝5時に起きるようにした。セントラル学園に入学した日から続けている毎日の筋トレ、腕立て伏せ、腹筋、背筋に、新メニューとして縄跳びとランニングを加えたからだ。風邪などをこじらせないため、体力を落とさない方法を自分なりに考えての行動だった。
 朝食の後、自転車で市立図書館に向かい、夕方までそこで勉強した。市立図書館はセントラル学園のすぐ隣だったので、12月までとほぼ同じペースで生活ができると考えたからであった。母親にも12月までと同じように、引き続き弁当をお願いした。
 2月には私立高校の受験があった。県内で男子が受けられる私立は2校しかないため、当然、セントラル学園とは違う私立高校を受けて、はたして合格した。そこで今年も去年同様に入学金のことを考えないといけなくなった。
 「今の俺を見ていたらわかると思うけど、今年は絶対に受かる。入学金は入れんでいい。俺を信じてくれんかの」
 母親は入学金を支払わなかった。
 「それと、去年みたいに変な占いもごめんやで。そんなお金があるんやったら、俺の合格祝いでも考えといて」

 受験当日の2週間前から、ランニング以外の外出を一切禁止した。風邪対策だ。家での勉強時間は、受験日の時間割と全く同じに区切った。念のため、大西先生に確認してもらったところ、試験当日の時間割は
 9:00-9:50国語
 10:05-10:55社会
 11:10-12:00理科
 12:00-12:40昼休み
 12:40-13:30数学
 13:45-14:35英語
とわかったので、この時間通り、この教科の通りに毎日の勉強をするようにした。手に入るだけの入試の過去問は全て、何度も解いた。特にここ3年間の過去問は、解答をほぼ暗唱できるまでになっていた。

 試験当日、「車で送る」という両親を丁寧に断った秀雄は、自転車で会場の讃岐高校に向かった。去年よりもずっと遅い時間に会場に着くと、昨年とは違う場所、一般の教室に自分の番号が割り当てられており、席も一番右端の列だった。既に多くの生徒が席についており、その中には新田中学で見たことのある1つ下の後輩たちが何人か見て取れた。
 そうこうするうちに昨年同様に二人の大人が入ってきた。昨年と違うのは、一人は女性で、その女性が教壇に立った。
 (去年はおっさんやったけどのう)
 「はい。それでは机の上は受験票と筆記用具だけにしてください」
 教科書や参考書を出していた生徒たちはそれに倣う。
 「今から問題用紙を配ります。合図があるまでは開かないでくださいね」
 と言うと、その女性は若い男性と一緒に試験問題を配布し出した。
 昨年同様、1時間目は国語だ。
 (俺は来た。今年もここに来た)
 なんか感慨深かった。やたらと心が静かだった。
 「始め!」
 受験生たちが一斉に問題用紙を開く。中から解答用紙を取り出し、名前を書く。
 一問目をざっと見ただけで秀雄は思った。
 (よし、いける!)

 弁当を食べている時にふと、去年、受験当日の注意として学年主任の先生が言っていたことを思い出した。
 「1つの科目があまり解けなかったとしても、他の科目がよかったらそれで大丈夫になります。怖いのは、解けなかったという気持ちを他の科目にも引きずることです。気持ちを上手に切り替えるようにしましょう。友達同士で『さっきのテスト、どうだった?』とか聞くのは言語道断です。気持ちを切り替えて、次の科目のことだけを考えるようにしましょう」
 昨年、秀雄の学年の生徒たちは、この言いつけをしっかり守っていた。それどころか、この時間、話すこともせず、全員が黙々と弁当を食べ、次の試験科目の教科書や問題集を見直していた。
 「ねぇねぇ、さっきの理科どうだった?」
 「最悪~」
 今年は走り回っている生徒さえいた。秀雄は思わず笑ってしまった。同じ中学3年生でも、学年が違うと雰囲気は全然違うのだと知った。

 無事に5教科の試験が終了し、正門を出たところで、秀雄はもう一つ思い出したことがあった。去年、ここでテレビのニュース番組のインタビューを受けたのだった。
 「皆さん、それぞれの中学で優秀な生徒さんだと思いますが、今日の試験はいかがでしたか?」
 「優秀?ぜんぜん。今日の試験もぜんぜんダメでした…」
 一緒に会場を出たノウちゃんや多田くんもインタビューを受けたのに、その夜のローカルニュースで流れたのは、皮肉なことに秀雄の映像だけだった。
 その一件を思い出して、思わず辺りを見渡したが、今年は讃岐高校にTVクルーは来ていないようだ。新設された別の高校に行ったのかもしれない。
 (今!今こそ、俺んとこにインタビューに来んかい!)

 試験の翌日、夜明けより早い時間から起き出して、新聞が配達されるとすぐに、掲載されていた昨日の入試問題を開いて自己採点してみた。去年も何度も何度も採点をし直したが、今年は別の意味でそうした。何度やっても220点、もしかすると230点を越えていた。社会は満点かもしれない。この日あった面接試験も無事に終わった。

 発表も一人で、自転車で見に行った。
 家に電話しようと公衆電話へ向かった。高校近くの公衆電話は混み合うことがわかっていたので、少し離れた中央公園近くの公衆電話BOXに自然と足が向かい、BOXに入ったところで思い出した。
 (あ、この電話、去年もここから連絡したんやったわ…)



終章

 「合格やった」
 合格発表の日、公衆電話から連絡した先で母親が泣いてた。家に帰ると夜に大西先生がやってきて、今度は母親と二人で泣いていた。別の電話でリコも泣いてくれた。夏休みに東京で会おうと約束した。東京も遠くないように思えた。翌日、笠間先生に電話したら、笠間先生の息子さんも無事に合格したと教えてくれた。セントラル学園のみんなはお祝い会を開いてくれた。会場が居酒屋だったのでびっくりした。

 そして、4月、秀雄は年齢が1学年下の生徒たちと一緒に席を並べた。友情に年齢なんかは関係ない、それを秀雄が知るのはもう少し先、少しだけ先、の話。
 「みんなには申し訳ないんやけど、呼び捨てはちょっときついんや。かと言って、“さん”付けも変やろ。みんなで俺の呼び方、考えてくれんか?」
 「確かに。俺もさん付けはどうかと思うとった」
 「うーん、しんちゃん?」
 「ひでちゃん?」
 「えぇ、“ちゃん”って顔してないやろ、俺」
 「確かにそうやの」
 「…」
 「何かええの、ないかのう?」
 「アニキは?」
 「おぉ、アニキか」
 「ええんちゃう。アニキっぽい顔やし」
 「アニキー!!!」

 秀雄はアニキになった。
                  完



テスト点数まとめ(順位の記載がある中1の2学期以降)
  中1         中2        中3
国語  64/88/85  74/84/94/90/85  96/88/92/96/83
社会  50/54/53  90/76/77/89/78  98/96/87/94/94
理科  77/90/62  96/95/90/100/99  94/88/94/88/90
数学  33/42/51  55/96/97/88/90  92/100/82/96/100
英語  7/0/12  35/31/48/58/82  86/88/88/88/92
平均点 46.2/60/62.2  70/74.9/81.2/80.4/80.9  93.2/88.8/88.8/92.3/86.6
  ※期末は9教科の平均点
クラス順  32/24/24  24/14/14/ 8/ 7  2/2/6/2/6
学年順位  474/323/289  182/102/103/65/64  18/14/33/11/27


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?