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ハロー、地球は聞こえていますか

「遠距離恋愛なんて無理だと思っていたの、毎日話せないなんて恋人の意味ないでしょう」
画面の先でほほ笑む彼女に対して、僕は苦笑いを浮かべる。
遠距離恋愛を始めて早2年、僕らの恋人関係がすこぶる順調なのは、快適な環境を実現している映像通信システムのおかげだ。
「銀河2つ分も離れていても隣にいるみたいに話せるなんて、科学の発展に感謝ね」
本当に彼女の言う通りである、こんな風に宇宙の果てと地球が気軽に繋がれる時代が来るなんて2年前は思いもしなかった。


2年前の晩秋、僕と彼女の関係は存亡の危機を迎えていた。
ガガーリンが初めて宇宙飛行を成功させた日から数百年、人類は太陽系を超え天の川銀河を飛び出し、さらに遠くの外宇宙へ進出していた。宇宙開発の高まりとともに、遠征で築いた拠点と本拠地である地球との遠距離通信技術の開発が喫緊の課題であった。
当時、僕は大学で研究員をしていて、彼女は大学図書館の司書をしていた。業務中の知的な横顔に一目ぼれした僕の猛アプローチで実現した恋人関係は、1年半を迎えようとしていた。

「宇宙通信ケーブル敷設プロジェクトに僕が、ですか?」
肌寒さを感じる晴れの日の午後、所属する研究室の教授からプロジェクトへの参加を打診された。専攻分野の専門家が不足しているらしく、僕に白羽の矢が立ったということだった。国家プロジェクトだ、参加できることは喜ばしいことだし、大出世である。
ただ、懸念材料が1点あった。4年は地球に帰って来ることができないということである。

「絶対嫌、国内の遠距離恋愛も上手くいかないのに、宇宙なんて有り得ない」
案の定、彼女は反対だ。床で正座をして項垂れる僕に、ソファの上から咎めるような視線を投げる。
プロジェクトのことを話してから1時間、二人の主張は平行線を辿っていた。どうにかして円満に説得したい気持ちばかりで、解決案は全然浮かばない。
長期戦になることを覚悟したとき、ため息をついた彼女は僕の頬を両手で挟んで自分の方を向かせた。
「なーんて、わがまま言ったところで、もう行くことは決めてるんでしょう?そういう顔してる。だから、応援するわ。4年くらい、のんびり待ってる。だけどね、これだけは約束してほしいの」


そして、今、僕は窓の外の宇宙を泳ぐ魚群を撮影して、彼女に送信した。
約束の毎日の連絡にて彼女へ画像を送るたび、目を輝かせてたくさんの反応をくれる。
地球に帰るまでの残り2年、地球では見ることのできないものをたくさん彼女に見せてあげることが、寂しがり屋の彼女にできる僕の最大限の愛情表現だと思う。



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