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【エッセイ】脳細胞

このごろ物忘れがひどい。

三秒前まで覚えていたタスクを思い出せず、意識の中に手を突っ込んでかき混ぜてみても、「ハズレ」と書かれた紙切ればかり掴んでしまって結局何も思い出せない。モヤモヤだけが残る。

それでふと、脳裏をよぎった。

子どもの頃、近所の友だちとよく「脳細胞の殺し合い」をやっていたことを。

この遊びって全国区なのだろうか。

そこはよくわからないが、とにかくこれは二人で対戦するゲームで、ちょうど猛禽類の鉤爪のように構えた手で、互いの頭を順に叩いて、殺した脳細胞の数を競い合うというものだ。

例えば先攻が私であれば、まずは私が鉤爪様に握った手で相手の頭頂部を、ちょうどそう高橋名人の16連射のような要領で小刻みにコココココと叩き、「脳細胞を45万3565個殺した!」と報告する。

そしたら攻守交代して、今度は相手が同じように、だがより素早くコココココと私の頭を叩いて「おれは68万4256個殺したぞ!」と反撃する。

そしたらまたターンが代わって、今度は私が、相手よりもさらに俊敏かつ激しく鉤爪状の手で頭をコココココと叩いて、「こっちは2億5652万9842個の脳細胞を殺したもんね、おれの勝ちい!」と宣言し、そこで相手が「うわあ、参った」と言えば、勝負ありというわけだ。

このゲームの肝はポイントが申告制だというところで、いわば己の誠実さが試される。つまり適当に「5億個殺したー!」と宣言してもだめで、脳細胞を5億個殺したのであれば、それらしい速度と強度でもって鉤爪状の手で相手の頭をコココココと叩かなければならないのだ。 

単純に見えて意外と奥が深い。

とにかくまあ、私は一時期この「脳細胞の殺し合いバトル」にはまって、毎日のようにその友人と脳細胞を殺し合っていた。おそらく合計すると、ゆうに5千兆個くらいの脳細胞を彼一人の手で殺された気がする。

すごい数だ。ぞっとする。

あれはあくまでも子どもの他愛ない遊びかと思っていたけど、ひょっとして私はあの遊びのせいで、5千兆とは言わないまでも、5千万個くらいの脳細胞を実際に殺されていたのかもしれない。

その影響が今になって、物忘れという形で表面化しているのではないか。

ただ、あのゲームには確か、殺された脳細胞を奪い返せるという特別ルールがあったはずだ。それを今適用すれば、この健忘は治るのではないか。

が、その特別ルールを思い出せない。

そしてぼくは頭を抱えたまま、時に飲まれた。

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