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【エッセイ】スキットル

そういやさ、おまえ持っていたよな、スキットルを。

そいつを西部劇のクリント・イーストウッドみたいにジーンズの尻ポケットに突っ込んで、ふと喉が乾くと、真っ昼間からそいつの金属製の口を慣れた手つきで回し開け、中に入っているウイスキーを美味そうに一口、二口煽ってから、ぷはあ、と息を漏らし、最後に必ずこう言ってたよな。

「俺ってさ、これがないと生きてけないんだよね」と。

ところがだ。久しぶりに会った時に訊いたら、おまえはこう言ったよな。いや、そんなことは覚えていない。そもそも俺、スキットルとか持ってないし。なんか夢でも見たんじゃねえの。

いやいやいや。私は確かに見たんだよ。おまえがいかにも飲兵衛が使いそうな、時代がかった銀色のスキットルから、琥珀色の液体を煽っているところを。それも一度じゃない。何度もだ。一緒に麻雀を打っているときにも見たし、飲み屋にそいつを持ち込んで、店の隅でこっそりぐいとやっている姿も見た。

だから私はずっと、おまえは酒好きなんだろうと思っていたんだよ。

けれど今、おまえはまるでそっけない顔をして、そんなことは私の勘違いだと言って譲らない。

これはどういうことなんだよ。教えてくれよ。なあ、黙ってないでさ……

といった、記憶違い、ということは、長年人間をやっていたら誰にでもあるのではないかと思う。このスキットルの話も、そういった記憶違いのエピソードの一つなのかもしれない。

けど、今振り返ってみても納得がいかない。だって、見たんだよ。確かにこの目で。おまえがスキットルから美味そうに酒を飲んでいるところを。

そいつが私の勘違いだって言うなら、私が見たあの光景は何だったのか。なぜ、これほど明瞭に今もその記憶が残っているのか。説明がつかない。そうだろう?

そこでひとつ浮かんだ。

これはひょっとして、冗談好きなおまえが仕掛けた、壮大なイタズラなんじゃないかと。本当はおまえはスキットルを持っていた。けれど、私の戸惑う顔が見たくて、わざとその事実を隠した。んでそのまま、本当のことを打ち明ける機会を逃して、今に至っているんじゃないか?

そしてそう、おまえはきっと死の床に入った時にでも、別れを言いにきた私に向かって、か弱い声でこう明かすんだ。

「あのスキットルさ、本当は持っていたんだよね……」と。

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寄稿ライターさんの他メディアでのお仕事も。ジャンル複合ライティング業者こと、葛西祝氏が、期待のオープンワールド型アドベンチャー『パラダイス・キラー』を紹介。葛西さんの記事はどれも洞察が深くて面白いので、ぜひ読んでみてくださいませ!

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