【エッセイ】マローヌ
マローヌって何だね。
おれは今、ひとつのメモの前で途方に暮れていた。マローヌ。わからない。それはさっき終わったオンラインミーティング中に取っていたメモで、大きく「やること」と記された文字列の下に「マローヌ」と書いてある。
いや、実際にマローヌと書いてあるのかはわからない。ただ、ミミズがのたくったような筆跡の混沌に目を凝らし、脳内データと照らして解析すると、ぎりぎり「マローヌ」と読めるというだけであって。
マローヌ。マローヌ。マローヌ。
口の中で三度転がしてみる。舌触りは意外と滑らか。馥郁たるマロンの香り。だったらそう、マローヌはきっと美味しいものだ。
けど、こいつは一応ビジネス関係のミーティングである。微コミュな私でも、永遠に見つからない言葉を探してうめき続けずに済む、肩ひじ張らない愉快なミーティングではあったが、さすがに食い物の話は出なかった。ならばマローヌは食い物ではない。美味しそうだけど。
素直に文脈から考えればマローヌは、今回のミーティングのテーマ──オンボーディング(研修)に関する何かだろう。そしてプレゼン映像に目をぎらぎら血走らせながら、手元も見ずにペンを走らせたということは、おれなりに16メガビットの脳で“大切なこと”と認識して、慌ててそう書き留めたものと推測される。
だからそう、マローヌは研修に関する何かに違いない。しかも「やること」の見出しの下に書いてあるのだから、きっとタスクだろう。
だとするとまずい。おれはきっとマローヌしないといけないのだ。全身全霊を込めてマローヌすることを求められているのだ。おそらく次のミーティングまでにマローヌしてなければ、おれはその場で「え、とら猫さん、マローヌしてないんですかあ?いやだなあ」と呆れられ、他のメンバーにヒソヒソ声で嘲笑され、穴があったらすごい入りたい人と化すのだろう。
下手したら干されてしまうかもしれない。
それは困る。ならば今すぐマローヌしなければならない。ライトナウで。けど、どうすればいいのだ。藁にもすがる思いで「まろおぬ」とググってみるが、関係ありそうな情報はまるでヒットしない。使えない箱め。てめえは腐っちまえ。セレンディピティなど幻想だ。
わからない。ぼくマローヌわからない。なんですか、マローヌ。それは物ですか。概念ですか。もしかしてマローヌさん?うわあ、久しぶりい!元気だったー?それとも、ぼくの心の中にだけあるたぐいのものだったり?そういうきみはマローヌするのかね?されるのかね?あああ、マローヌもう何ですか。
次のミーティングは来週だ。
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最後に編集長の翻訳ジョブを。こちらも夏にぴったりのホラーアドベンチャー『Stories Untold』(PS4/Switch/PC/Xbox)はいかがでしょう。オムニバス形式で気軽に楽しめますゆえー!
これもう猫めっちゃ喜びます!