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【掌編】存在感

エレベーターが止まった。四階で。

妙である。わが家は七階にあるから自分では四階のボタンを押していないし、七階以外のボタンがオレンジ色に光っていた記憶も、覚えている限りではない。

もちろん、乗っているのは私だけ。他には誰も見当たらない。億劫そうにドアが開いたエレベーターに、誰かが乗り込んでくる気配もない。

蛍光灯が頼りなく照らす廊下は静まり返っている。

そこで考える──忘れ物か。つまり四階に住んでいる誰かがエレベーターを呼ぼうとボタンを押したのち、何かを取りに家に戻っている間に、エレベーターが到着してしまった。だから四階で止まったのに、誰も乗り込んでこない。

あり得る話だ。けれど妙なのは、これが上へと向かうエレベーターであることだ。四階の住人がエレベーターを使うとしたら、通常はロビーへと降りる「下」のボタンを押すはずである。その場合、この上行きのエレベーターは四階で止まらない。一旦上まで行ったのち、下へと戻るさいに四階で止まるからだ。

けれど私が乗っているのは上行きのエレベーターで、それが四階で止まった。ということは、四階の住人はあえて「上」のボタンを押して、エレベーターを呼んだことになる。

もちろん、上の階に仲のいい住人がいて、そのお宅に作りすぎた肉じゃがだかカレーだかをお裾分けしようと持っていくために「上」ボタンを押した、ということも考えられる。

あるいはそうしようと、あらかじめエレベーターを“予約”しておいたのかもしれない。

だとしたら迷惑な話だ。共用のエレベーターを私物化しやがって。おかげでこちらの大切な時間が無駄になった。フリーランスにとって時間は銭そのものだ。おれはこうした身勝手な行為のせいで、自分の貴重な時間を──たとえ数十秒でも──削られるのが一番許せない。

「ちっ」と舌打ちをくれ、迷子の異星人になったつもりで「閉まる」のボタンへと指を伸ばしたそのとき──別の手がおれの手をつかんだ。

ぎょっとして振り向く。人がいた。けど紙のように薄い。ぺらっぺらだ。

「すみませんねえ、存在感が薄くて」

薄っぺらい男はそう言って、ぺらぺらの体をくにゃくにゃと左右に揺らしながら、唖然とする私の脇を通り抜けていく。そして降りぎわにこっちを見てつぶやいた。

「存在させてくれよ」

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“コトバと戯れる読みものウェブ”ことBadCats Weekly、本日のピックアップ記事はこちら。ライター&エッセイストの碧月はるさんが綴る、穏やかに流れる文章の世界へ。

寄稿ライターさんの他メディアでのお仕事も。当サイトでもおなじみのラノベ作家、蛙田アメコさんが別名義で落語小説を出されるそうです!

最後に編集長の翻訳ジョブを。一杯のコーヒーから始まる大ヒットノベルゲーム『コーヒートーク』。現在パート2が制作中です!

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