オビ=ワン・ケノービ、イズ、ヒア【両親との思い出】
正直、父とは、
アウトドアであまり遊んだ記憶がありません。
なぜかというと父はゲーマーだから。
私が物心ついた時から、
休日の記憶は、
ファミコンの野球ゲーム「ファミスタ」をやっている姿。
それは、
私が大人になっても変わりませんでした。
ゲーム機がプレイステーション5になっても、
カプコンのゲーム「モンスターハンター」を、
ハンターランクがカンストするまでやっている。
この親にしてこの子あり。
私もゲーマーの道を進んでしまいました。
父はよくこう言います。
「それなにが面白いん?」
関西出身の父は、
面白いことが大好きです。
ゲームも面白いから、
定年を退職した今でも、
やり続けているのだと思います。
そんな父は、
映画スターウォーズが好きです。
SFのワクワクする感じが好きなのだと思います。
銃で撃つ真似をしてあげると、
"ピシュン、ピシュン!"
レーザーガンの音のモノマネをしはじめます。
さらに調子が出てきた時は、
"オビ=ワン・ケノービ、イズ、ヒア"
と、まさかの、
英語吹き替えのダースベーダーをやりはじめます。
英語吹き替えまでマスターしているのは、
仕事の都合で海外赴任してて、
英語と触れ合う機会が多かったからでしょう。
家族みんなで引っ越し、
ドイツに4年、アメリカに2年半年間住みました。
母は海外に行けることを楽しんでいましたが、
私と姉は、
海外の文化や生活が肌に合いませんでした。
なにせ日本に帰国することが決まった日に、
"やったーーーーー!!"
と両親の前で二人揃って叫んだぐらいです。
これを機に、
父はもう海外赴任しないことを決断します。
しかし、
20年ほど経過した頃、
会社の指示で海外赴任をすることになりました。
なぜそうなったのか?
父が海外赴任してから、
母に質問してみました。
どうやら父は、
会社の経費削減によって、
ある選択を迫られたのだそうです。
「今まで一緒に働いてきた同僚を選び、解雇する」
「もう一度海外赴任する」
父は後者を選びました。
しかし、
家族には迷惑をかけられないということで、
1人で海外に行くことに決めたそうです。
とても感銘を受けました。
やっぱりうちの父は人情に厚い人なんだと。
父の背中が大きく感じました。
また、私が大学受験で落ちてしまい、
浪人をすることが決まった時のことです。
今まで受験に口を出してこなかった父が、
突然、声をかけてきました。
「来年までどういう計画を立ててるんだ?」
私は大学受験で落ちていたので、
心が荒んでいて、
その一言についムッとしてしまいました。
(今までなんも言ってこなかったくせに)
しかし、
よく話を聞いてみると、
父も浪人をしたことがあったそうです。
その経験を活かして、
どうやれば合格できるのかを教えてくれました。
受験には計画性が必要
6〜9ヶ月間で全科目を一通り勉強
残りの期間は試験対策の勉強
一緒に勉強のスケジュール表を作りました。
今までは口を出さなかっただけで、
実際は見守っていてくれたのです。
父の背中がさらに大きく感じられました。
私の母はしっかり者です。
「死ぬまで笑わせてくれそうな人」だったから、
結婚したそうです。
家の中の収納はすべて頭に記憶していて、
見つからない物があった時に質問すると、
場所をすぐに教えてくれます。
また、
"何月何日はxxイベントがあるから帰りが遅れるよ"
一回しか言ってないのに、
数週間先の子供のスケジュールまで記憶します。
とんでもない記憶力の持ち主です。
そんな秀才っぷりを発揮したのが、
資格の勉強でした。
突然、50代の頃に、
大好きだったアロマセラピーを学びはじめ、
独学でインストラクターの資格に、
一発合格しました。
まじですごい。
父とは反対で、
ゲームはしません。
アウトドア派です。
今でも週2回程度テニス教室に通っており、
平日は小学校の学童クラブで、
アルバイトを週3回程度やっています。
しかし、しっかりしてるのですが、
なんだか言い間違えが本当に多いです。
「最近のジブリは観てないから分からないな〜
"アリエッティの家探し"で止まっちゃってる」
母よ、
"借りぐらしのアリエッティ"だ。
とはいえ、この親にしてこの子あり(2回目)。
私も言い間違えが多いです。
また、珍プレーの持ち主です。
アメリカ文化の違いで苦しむ私と姉に対して、
母は晩御飯を食べながら真剣に話をしていました。
その日のご飯は枝豆。
「いい?
たしかに日本とアメリカの文化は違うけれど、
ここで学んだ経験はきっと_____」
その時、
母が枝豆の身を莢から取り出そうとしました。
スポッ
身が鼻にジャストフィットしました。
真剣に話を聞いていた私と姉は大爆笑。
母が真剣な話に戻そうとしても、
もう戻れません。
ただ、その時に話していた悩みは吹っ飛びました。
楽しかった枝豆エピソードだけが、
記憶に残っています。
そういう意味では、
この珍プレーは、
ファインプレーだったのかもしれません。
月日は流れ、
私は結婚式を挙げることになりました。
新郎新婦で、
それぞれ親に手紙を読むことにしました。
先に妻が手紙を読み、
私が後で手紙を読みます。
妻は感謝の気持ちを伝えるようです。
私は両親が面白いことが好きなので、
あえて面白エピソードだけで構成して、
参列者の方に笑って帰ってもらおうと思いました。
父:モノマネのおかげで明るい家庭になった
母:真剣な話の時に枝豆を鼻に入れてしまった
思惑通り、会場は笑いに包まれました。
両親も、
自分たちのエピソードを聞いて楽しそうです。
ただ、逆に絆の深さを知って、
参列者の中には泣いてる人もいました。
手紙を読み終え、
最後の謝辞(締めの挨拶)の時がやってきました。
参列者全員に挨拶をするため、
新郎新婦と互いの両親が前に並びます。
最後の一言!とホッとしてしまったのか、
私は暗記していた言葉をド忘れしてしまいました。
「がんばれ」
横から父親が小さい声で応援してくれました。
大学受験1回目の時も、
口では言わなかったけど、
裏では応援していたんだな。
と改めて実感しました。
ド忘れしていた言葉を思い出し、
無事に謝辞を終えました。
最後に、
今までの感謝を込めて両親に、
オリジナルの子育て感謝状を贈りました。
来週は、父の日ですね。
私は以前の記事で書いた通り、
ラーメンどんぶりを贈ります😊
「父の日2024!みなさんは何をあげるかもう決めましたか?」
みなさんにとって素敵な父の日になることを願っています✨
いただいたサポートは人の笑顔のために利用させていただきます。