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西洋音楽史おすすめ参考書三選-点と線と面

 クラシック音楽に興味を持ち、入門本や名盤紹介本、作曲家解説本などを一通り読んだあと、西洋音楽史への理解をもう少し深めたい人向けの参考書を紹介する。
 紹介にあたっては、今後のクラシック音楽人生をより豊かにするための基礎的教養を深めることをねらいとし、具体的には以下を基本的な選定基準とした。

・入手しやすく、平易でわかりやすい記述であること
・西洋音楽史の全般にわたって、バランスよく述べられていること
・近年の音楽史研究が反映されていること

1.すぐわかる! 4コマ西洋音楽史1~3

 4コマをウリにしているが、実際には各項目の導入部分に4コマを用いているだけであり、紙面の7割以上が文章である。その内容は極めて良質な音楽史記述であり、作曲家、時代様式、ジャンル、社会文化史等、西洋音楽史全般について過不足なく述べられている。
 たかが4コマ本と侮ることなかれ。下手な解説本よりもずっとわかりやすく、また内容的にも基礎から発展まで実に幅広く、そしてポイントを押さえた解説となっている。また、マニアックな図版や写真、コラムも多く、上級者においても飽きることはないだろう。

 各項いずれも見開き2ページ
に収められており、特定のテーマ(作曲家や時代など)に的を絞って読み進めたい読者にとってもありがたく、総合的に著者の配慮が隅々まで行き届いている。
 時代(様式)区分ごとの合計三分冊であるが、順番にはあまりこだわらず、興味のあるところから読んでみることをおすすめする。

2.つながりと流れがよくわかる 西洋音楽の歴史

 西洋音楽史は、作曲家列伝ではない。ましてや名曲解説集でもない。
 本書は、クラシック音楽の歴史を、個々の情報の羅列ではなく、筋道立ったストーリーとして語るテキストである。
 ある様式やジャンルが、どのような要因から生成、発展し、新時代の音楽文化を形成していったのか。音楽的事象の因果関係や社会文化的背景そしてその歴史的意義に徹底して焦点を当てる本書はまさに正統派の「歴史書」である。

 このことを踏まえたうえで、しかし、本書がなにより優れているのは、圧倒的な敷居の低さである。

 そもそも「西洋」とは、地理的、政治的にどのような特質を備えたエリアなのか。また、西洋が(その物理的距離にもかかわらず)自らの文化的祖先と見なす古代ギリシャの音楽観とは一体どのようなものなのか。そして、西洋世界の精神的基盤であるキリスト教とは一体どのような宗教なのか。

 本書は西洋音楽史を語る上で前提となるキーワードについても、その基礎の基礎から懇切丁寧に解説してくれるのである。

 西洋音楽史がいわゆる「グレゴリオ聖歌」からその叙述を開始するのは、初学者にとって自明のことでは決してない。むしろ、求められるべきは「西洋音楽史は、なぜグレゴリオ聖歌から、その叙述を開始せねばならないのか?」という本質的な問いであろう。

 本格的な歴史書だが、誰一人として読者をつまずかせない。
 著者の気概を感じさせる良書である。

3.西洋音楽史再入門 4つの視点で読み解く音楽と社会

 上述の1と2のテキストがそれぞれ、コンパクトな個別解説()で語る西洋音楽史、そして連綿たるストーリー()で語る音楽史であるとすれば、こちらは「」で語る西洋音楽史である。

 「楽譜」「楽器」「音楽家」といったマクロなテーマについて、古代から現代への変遷が順序立てて述べられていく本書には、必要に応じて作曲家や時代様式などの固有名詞も登場するが、それもあくまで記述に必要な範囲内である。

 ところで、芸術史(文学史や美術史、音楽史等)の暗黙の了解とは何だろうか。
 それは「(無数にある作品の中から意図的に抽出された二つ以上の)作品の相互関係の分析こそ芸術史の対象である」というテーゼである。作品(それもいわゆる名作)どうしの相互作用こそ、芸術の歴史が語るべき対象とされているのである。

 本書は、そうした伝統的スタイルから意図的に距離をとる。大作曲家とその代表作、時代様式やジャンル分析といった従来のテーマによっては決して見えてこない領域について、横断的かつマクロな視点で西洋音楽史を語り直しているのである。
 音楽史のみならず音楽文化史や音楽社会史といった性質も兼ね備える本書にはやや発展的な内容も含まれるが、テーマ別、項目別に興味のあるところから読み進めることが可能な作りとなっている。好きなところから読んでみることをおすすめする。

4.まとめ

 ネットで手軽に大量の情報を得られる昨今、その断片的知識を一つの大きな意味連関へと形成することは、かえって容易ではない。
 信頼できる書籍を通じてまとまりのある知識(教養)を備えておくことは、今後のクラシック音楽人生の益々の幸福に寄与すること間違いなし。