見出し画像

コンドルの里 後半

太陽の光が燦々とコンドルの里を照らしています

今日のごはんさがしは巣立ち間近のオスコンドルがいるお父さん組です
彼らは南の乾いた低地に向かって飛び立ちました
彼らの姿が小さくなっていくのを
一羽のコンドルがじーっと山の上の大きな岩に佇んで見つめています

シャリーです
シャリーは今日はごはん探しに行かず
ひとり残りました
仲間が滑空していく姿を静かに見送っているその目は
輝きを失い深く赤く暗い影をもっています

長老コンドルは子供のコンドルたちに飛び方を教えながらちらりちらりと
シャリーの様子を見守ります

他のおとなのコンドルたちも
それぞれの仕事をしながら
ちらりちらりと
シャリーの様子を見守ります

長老は若かった頃 そのときの長老から
こんなことを教えてもらいました

ときどき心と体がべつべつで生まれてくる雛がいること
その雛が成長して心と体の食い違いに気がついたとき
そのときはまず
心の方を大切にしなくてはいけないこと
そして もしも
その心を大切にしながら 選んで すすんだ道で
心がもっと苦しくなってしまったときは
すぐにその道をやめて休息することが大切だということ

長老は感じていました
シャリーにはそろそろ休息が必要のようだと

二年ほど前
それまで姿も変わらず同じように
飛ぶ練習をしたり一緒に無邪気に生活していた仲間たちは
お父さん組とお母さん組に分かれました
この時シャリーの心は体とは違う方
お父さん組を選びました

仲間の中では身体も大きく飛ぶのも早くて上手なシャリーは
お父さん組の中でも仲間を引っ張って
ときにはたすけて信頼されリーダーのような存在になっていました
しかし
半年ほどたった頃
長老の言っていたことが本当のことになりました

お父さん組の仲間たちのあたまには
立派なトサカが生えてきました
そして
シャリーにはトサカが生える代わりに
宝石のように輝く目の色がさらに深く赤くなりました

仲間たちはそんなシャリーの姿を見て「そのこと」に気がつきます
そしてお父さんコンドルに尋ねます
「シャリーはこのまま僕たちと一緒にいていいの?
 お母さんコンドルのところに行かなくてもいいの?」と

お父さんコンドルは優しくでも力強く若いオスコンドルたちに答えました
「いいんだよ それはシャリーが決めることだから
 わたしたちはお父さんコンドルとして
 お父さん組にいるシャリーを含めた君たちに
 オスのコンドルとして立派に成長できるよう
 精一杯のことを伝えるだけさ
 いいかい?
 君たちは自分の心を大切にするように
 仲間のシャリーの心も大切にするんだ
 そして
 そのシャリーの心が決めたことも大切にするんだ」と

そのあと若いオスコンドルたちは
その質問をお父さんコンドルたちにすることはなく
今までと変わらずお父さん組の仲間としてシャリーとすごしていました
ただ日に日に喋らなくなっていくシャリーのことが
みんな心配でたまりませんでした
いつもできるかぎりシャリーのまわりにいるように
シャリーが喋らなくても賑やかに過ごせるように
みんなは変わらず元気に愉快に過ごしていました

「きょうのごはん探しはぼくは行かない」
とシャリーが言った時
久しぶりに聞いたシャリーの声がとても切なくみんなの胸に響きました
お父さんコンドルは
「そうかい じゃあ留守を頼むよ」
と言っただけで 若いオスコンドルたちに出発を促しました

滑空しながら
「シャリーをひとりにして大丈夫かな?」
と心配する仲間たちに
お父さんコンドルは
「大丈夫さ シャリーはじぶんで決めて乗り越える力があるさ
 長老もいるし なにより君たちのような仲間がいるじゃないか」
と励ましました

仲間たちが飛び立った空をしばらく見つめていたシャリーは
子供コンドルとの飛ぶ練習を終えた
長老コンドルのところにやってきました

シャリーの目を一目見ただけで
長老はシャリーがここ何日も
充分に眠れていないのだと感じました

シャリーはやっとのことで絞り出した声で言います
「長老 ぼくにはやっぱりトサカは生えてこないんだね
 誰よりも目が赤くなるのが早かったのに
 これだけ待ってもトサカが生えてこないんだもの
 二年も待ったのにトサカが生えてこないんだもの
 きっと長老が言った通りなんだね
 そして
 ぼくはみんなのトサカをみているのがつらいです
 でもお母さん組に行くのはきっともっとつらいとおもう」

長老コンドルは
いつものように柔らかく微笑んで
いつものように穏やかな声で言いました
「シャリー 何も心配しなくていいんじゃよ
 お父さん組にいることはつらいかい?
 おまえは誰よりも遠くへ早く上手に飛ぶことができて
 ごはんを探すことも 卵を暖めることもマスターしたね
 よくがんばったね  本当によくがんばった 
 わたしはおまえのことが誇らしい
 おまえはこのコンドルの里いちばんのコンドルじゃよ
 シャリーや
 しばらくやすむがいい
 そして気が向いたら
 コンドルの里の外を旅してごらん
 わたしも長老になる前 若い頃はいろんなところへ行ったものじゃよ」
 
シャリーは赤く暗い目で長老をしばらく見つめたあと
黙って出て行きました
そして
ごはんを探しに行かず残っていたお父さんコンドルを訪ね
お父さん組をやめることを伝えました

お父さんコンドルは「そうか わかった
 よくがんばったな
 しばらくゆっくりお休み」
と言ってシャリーに微笑みました

シャリーは黙って頭を下げ
自分の生活するほらあなへ戻って行きました


そしてそれから毎日 
シャリーはひとりであてもなく過ごしました仲間のコンドルたちがいないときに雛たちのほらあなにいき卵を暖めたり
じぶんの姿が見える池にいって何時間も自分の姿をみつめたり
ごはんを探しに行くついでに少し足を伸ばして
草原の向こうまで何日かかけて行ってみたりしました

初めのうち 
里を離れて遠くまでいくときには途中でジャガーに襲われても構わないという
すこし投げやりな気持ちがなかったわけではありません

しかし身体が大きく飛ぶのも上手で
危険を察知する能力もずば抜けて高いシャリーは
危ない目にあうことはありませんでした
お父さん組で一生懸命に練習したこと
お父さんたちから学んだたくさんのこと
これらはシャリーの頭や身体の隅々までにしっかり伝わっていたのです

気持ちは塞いだまま 深い赤色の目が輝くことなく
穏やかな声でおしゃべりすることもなく
あてもない日々を過ごしている中で
シャリーはあることに気がつきます

それは
里のコンドルたちの態度が以前と何も変わらない
ということです

みんなすれ違う時には変わらず挨拶をして
冗談ばかり言う仲間は変わらず冗談ばかり言ってきます
愚痴ばかり言う仲間は変わらず愚痴ばかり言ってきます
手が足りなければ遠慮なく「暇でしょ!」とシャリーを呼びつけ
里にいる間は誰かが必ずそばにきておしゃべりをしています

とくに同じ年頃の仲間たちは
シャリーが距離をとろうとしても
シャリーをみつけるとすぐに飛んできて
冗談を言ったりふざけたり大騒ぎが始まります

あんまりうるさすぎるので
いつもは穏やかなお父さんコンドルたちには
「いい加減にしなさい!」と叱られ
お母さんコンドルたちにも
「雛がびっくりするでしょ!」と叱られるほどです

そんな賑やかな仲間たちも
シャリーが池で何時間もじぶんの顔をみつめていること
旅にでたまま何日も戻ってこないこと
これについては何にもいいません
みんなは勝手にじぶんの話をしているだけで
シャリーが何をしていたのか質問するものはいませんでした

それに気がついたシャリーはホッとするような
でもちょっとくすぐったくておしりがムズムズするような
気持ちになりました

里のおとな達や仲間たちはみんなそんな感じだったのです
ただひとりのコンドルをのぞいては

そのひとりは暇さえあればシャリーの後をついて回って
聞いてもいないのに
その日の出来事を勝手にべらべらしゃべったり
今日は何時間もどこへいっていたの?とか
何日間もどこへ行っていたの?とか
お腹は空いていない?とかどこか痛くない?とか面白いことはあった?とかおいしいごはんは見つかった?とか
しつこく聞いてくるのです

その子の名前はジュリ
メスのコンドルです

仲間の中でも一番体の小さいジュリは
口はよく動くけれども体はなかなか上手に動きません
長老コンドルやみんなと飛ぶ練習をしていたときには
一番最後まで怖がって飛び立つことができなかったんです
みんなで励ましてようやく空中に飛び出したとたん
怖さで気を失ってしまうくらいでした
あやうく墜落しそうになったところを
シャリーがとっさに飛び出して背中で受け止めてあげたことがありました

そのジュリも
今ではしっかり飛ぶことができ ごはんを探しにいくこともできます
小さくてよく喋るジュリはみんなの人気者です
けれどもジュリが人一倍頑張り屋さんなのをシャリーは知っていました
みんなで飛ぶ練習をした後にいつも一人で練習を続けていたからです
シャリーは一度墜落しそうになったことがあるジュリのことが心配で
一人で練習するジュリのことをこっそり見ていたのです
あるときジュリに気づかれて
「ちょっと!そんなところでこっそり見てないで手伝ってよ!」と怒られ
それから二人で何日も何日も一緒に練習をしました

シャリーは大きくなって自分がお父さんになったら
隣にいるお母さんはジュリだったらいいな
と思ったことがありました

叶わない思いをつい感じてしまう時
シャリーはいつも
小さかった自分はなんて物知らずで能天気だったんだと
今では心がチクチク痛いだけです、、、。

そんなことを知らないジュリは相変わらずです
毎日シャリーところへやってきては
卵が大きすぎて暖められないだの
こんな雨の日が何日も続くからお腹が空きすぎてめがまわるだの
だれかに「小さいくせによく食べるな〜」とからかわれただの
生まれたての雛が大きすぎてごはんをもっていったら
ごはんと一緒にじぶんもたべられそうになっただの
と、どこまでが本当のことなのかわからないことを
横にいてずーっとひとりで喋っています

今日もジュリはごはん探しから戻ってきて
シャリーを見つけるとすぐに駆け寄ってきて
「ちょっと!今日は何をしていたの?
どこへ行っていたの?
何か面白いことはあった?
美味しいごはんは見つかった?
お腹すいていない?
どこか痛くない?」
とお決まりの挨拶をした後
どうせシャリーは返事をしないとわかっているかのように
「聞いて聞いてわたしはね!、、、」
と話を続けようとしたその時

シャリーがたまらず声を上げました
「ジュリ!なんなんだよ!
どうして君は僕なんかのことをなんでもかんでも知りたがるんだ!」

ジュリはその懐かしい声がどこから聞こえてきたのか?
すぐには気が付かず 
小さな顔の割には大きな赤い目をキョトンとさせて黙りました
そして
その大きな赤い目にはみるみる涙が溢れてきて
その涙はポロポロこぼれ落ち
「しゃべった しゃべった」
と言いながら泣き始めました

そんなジュリの姿を見ていたら
シャリーもなんだか胸がぎゅーっとしてきました
チクチクではないぎゅーっと胸を掴まれているような
なんだか暖かい苦しさです

そしてシャリーの目にも涙が溢れ
いろんな思いが心に込み上げてきました
大きな声で泣いているジュリにひっぱられるように
シャリーの心に込み上げてきたいろんな思いが
涙と一緒に溢れて流れ出てきました

「ぼくはだれよりもつよいのに!」
「ぼくはだれにもまけないのに!」
「ぼくはトサカがほしかった!」
「なんでぼくの目は赤いんだ!」
「ぼくはおとこのこだ!」
「ぼくはジュリを守りたいのに!」
「ジュリと一緒にいたいのに!」
「ずっとずっと一緒にいたいのに!」

大きな声で泣いていたジュリは
懐かしいのに初めて聞く叫び声に
シャリーが叫ぶ心の声にびっくりして
とってもとってもうれしくなって
そして けたけたと笑い始めました
泣きながら笑い始めました

シャリーの心の叫びはもう言葉にならずただただ涙と一緒に流されて行きました
そしてふと目をあけると
目の前に涙を流しながら
笑い転げているジュリの姿がありました

「ジュリ ジュリ だいじょうぶかい?」
とシャリーはジュリを抱えるように翼を広げました

ジュリは
「あははは あははは だいじょうぶだいじょうぶ
よかったねー 叫べてよかったねー 泣けてよかったねー
はーくたびれた」
と赤い大きな目でシャリーを見上げました

気がつくとシャリーとジュリのまわりには
コンドルの里の仲間たちが集まっていました

ジュリは大きな赤い目でシャリーを見上げ
「あなたはわたしとずーっと一緒にいたいのね
 そしてわたしを守ってくれるのね」
と可愛い声で言いました

シャリーは里のみんなのいる前で
とても恥ずかしくなりましたが
あれだけ大きな声で泣き叫んだ後です
もう開き直るしかありません
「そうだよジュリ ぼくはずーっとまえから決めていたんだよ」
そういうと
微笑みながらみつめていた長老コンドルのところにかけ寄り言いました
「長老! ぼくはジュリと一緒に生きて行きたいです
 夫婦になることはできなくても 
 ジュリと一緒にずーっと生きて行きたいです」

長老コンドルはめずらしく翼を大きく広げて
大きく笑いました
そして里中に響き渡る大きな声でいいました
「ジュリ よかったなぁ 
 おまえの願いが叶ったなぁ」と

その声を聞いた里のみんなは
翼を広げたり 口を鳴らしたりして ジュリにおめでとうを言いました

シャリーはなんのことかさっぱりわからずジュリをみると
ジュリは赤い大きな目をきらきらさせながら大股でシャリーに近づきながらいいました
「まったくあなたはじぶんのことばかりで
 わたしの気持ちがわかっていないんだから
 わたしはずーっと前からあなたと夫婦になるって決めて
 長老にもみんなにも宣言していたんだから
 いい? これからはひとりで勝手に落ち込んでいてはだめよ
 話したくなったらいつでもわたしがいるんだからね
 それから
 わたしは守られなくてもへいきなんだけど
 守ってくれるって言葉はとっても嬉しいプレゼントだわね
 わたしからもお返しのプレゼントがあるのよ
 きっと気にいるの思うんだけど、、、
 わたしはね
 シャリーという名前がどうも気に入らないのよ
 だって女の子みたいなんだもの
 マキっていう名前はどう?
 なんだか凛々しくてでもあなたの綺麗な深い赤い目にもよく似合う名前だと思うの
 わたしはずーっと小さな時からあなたのことを心の中でマキって呼んでいたのよ
 今日からあなたはマキよ!」

なんてこった!
名前を変えられちゃったよ!
仲間もみんな知ってたみたいだな!
でもなんだろう嬉しいなぁ
さっき心の叫びを涙と一緒に流してしまったからかなぁ
すっからかんの心が暖かいものでパンパンになってきたぞ!
マキ 今日からぼくはマキ
ジュリと一緒にいつまでもずーっと一緒に生きていくんだ!

コンドルのおかみさんとダンナさんの物語です
このあとしばらくはコンドルの里で過ごしますが
里の外を旅していたマキが素敵な森があるから行ってみないか?
とジュリを誘い
二人でねむねむの森へ行くのです
すっかりねむねむの森を気に入ったジュリは
マキと二人で暮らすにはここが最高の場所だと
コンドルの里の仲間たちに惜しまれながらも
ねむねむの森で暮らすことを決めたのです

#創作大賞2023

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?