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海からきたひと

わたしは海からきました
たまには陸の空気を吸ってみようかと思って
この匂い、この味、なんとも魅力的です
いけない感じもします

知っていましたか?
海には全てがあるんですよ
だからなんにも怖がらなくていいんです

何十年ぶりでしょう
あのもみの木さんはまだいるかしら
いたいた
あいかわらずむっすりした顔で立っているのね

「こんにちは もみの木さん」

(おう あんたかい 久しぶりだねえ いつぶりだい)


「そうねえ あの時 ここは焼け野原だったわ」


(あの時か、、あの時からずいぶんといろんなことがあったな)

「そうね あなたが立っていなければ ここはまったく知らない場所だわ ね」

(だろうなあ、、全てがなあ、、 そうだな 全てが変わったな)

「焼け野原の中 あなたはひとり傷だらけで立っていたわね 
 あの時の傷は、やっぱりあなたを強くしたのかしら」

(はは、、そうだな傷は苔が覆ってくれてるが
 この傷があったおかげで、若かったオイラも重荷を忘れずに生きてこれた)

「やっぱりね だから数十年経った今でも相変わらずの仏頂面をしているのね」

(なんだい あんたに顔のことを言われる筋合いはないね
 あんたこそ ぎろぎろ見つめるそのでっかい目はあいかわらずだ)

「ふふふ いつもは目を瞑っているのよ 
 だって なんでもある海の底にいるんだもの
 陸にあがった時はたーいへん 
 ずーっと目を開けていないと 何が起きるかわからない
 それこそ今日なんて あの時のものなんて ひとっつも残っていないじゃないの!
 こまったわ 太陽が昇るまでにすべてをみて回ることできるかしら!
 しばらく嵐にきてもらって太陽に休んでてもらいましょうか」

(わがままもあいかわらずだな これからどうするんだい?)

「そうね ちょっと失礼してあなたのてっぺんに座らせてもらえる?
 懐かしい顔を探してみるわ」

(あんたの知ってる顔 まだいるかねえ)

「まるでわたしが古株みたいなこと言わないの!
 メッセージを伝えなきゃいけないものもいるのだから ちょっと失礼するわよ」

(ほほう あんたが誰かのためにメッセージを伝えるとはね)

「そうでしょ 優しい海の底にずーっといるとね 
 たまにはひとのために動くこともいいじゃない って思えるのよ 
 あなたもいつまでも重荷を背負っていないで たまには笑いなさい
 こんな仏頂面じゃあ 冬籠でいそがしいリスたちが近寄れないわよ」

(なんだいなんだい
 あの時 「傷といっしょにこの景色を覚えておきなさい。」っていったのはあんたじゃないか)

「いやねえ 重荷を背負いなさい。 仏頂面になりなさい。 なんてひとっ  ことも言ってないでしょ!
 悲惨なことを覚えておくことと それを抱え込んで それとともに時間を過ごすこととは違うのよ 
 真面目なお馬鹿さん まわりをみてごらんなさい
 みえるでしょ きこえるでしょ 感じるでしょ
 あなたは今 ここに生きているのよ
 すべての時間はあなたのものよ 好きにすごしていいのよ
 あら もしかしてあなた いちども泣いていないんじゃないの?」

(泣くってなんだい オイラが泣くわけないじゃないか
 オイラが泣いたら 
 あの日の あの時の 
 あいつらの あの子らの 
 痛みや悲しみを支えてあげることができなくなる)

「真面目なお馬鹿さん
 あの時の あの子らは 今ここにはいないのよ
 わたしも未熟者だったわね 
 偉そうに 若いあなたによくまあ言ったものだわ
 ごめんなさいね まずやらなくちゃいけないことがあったわね
 ひととき あの時に戻って
 あの子らの痛みや苦しみを一緒に悲しんであげましょう
 傷ついた自分を 
 どうしようもできなかった自分を慰めてあげましょう
 痛かったわね 苦しかったわね 悔しかったわね
 ほら、 まわりをみてごらんなさい 
 なんて穏やかで楽しそうな世界なの
 あなたは生き抜いて 今 ここにいるのよ
 生きてこられたのは 決して重荷を背負ってきたからではないのよ
 あなたの生命力が強かったからよ  
 あのね、 あの時の あの子たちは大丈夫なのよ
 海の一部になった子らもいるわ
 みんな この世界のどこかにいるの 
 きっとあなたのことを心配しているわね
 さあ、 ひとしきり泣いたら 笑いましょう
 ほら、 みてごらんなさい りすたちがやってきた
 あなたは本当に生命力が強いから 
 美味しい実をたくさんつけることができるのね
 あら、 鳥たちもやってきた
 さあ、 これからいそがしくなるわよ
 今 ここを生きるってことは 大忙しなのよ
 楽しみなさいね また来る時が楽しみだわ
 まあ、 わたしはあなたにメッセージを伝えにきたようね
 心がすっと軽くなったわ
 では、 この世界を見物に行きましょうか
 土産話をたくさん持って帰らなくちゃ」

わたしは海からきたんです
きまぐれに生きてるようなわたしだけど
どうも最近やるべきことがあるような気がしているんです
穏やかで優しさに溢れている海の底で過ごしているからでしょうか
より一層わたしに安心しているんです
だから なのかしら
自分に不安 自分を許せない 自分がわからない
そういうものを感じると そのそばにいきたくなるんです
それはきっと 
わたしもそういうものをずーっと持っていたんだけど
だけど 海の底で穏やかな優しさに包まれているうちに
わたしのままでいることに とっても安心するようになったってことかしら
きまぐれで ひにく屋なところは変わらないけれど
そこがわたしのいいところ なのよね
さあさあ 太陽が顔をだす前に
今の世界を見物していきましょう
懐かしい寝顔をこの目に焼き付けていきましょう

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