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アリのよろい モンスタースタンプ(前半)

(モンスタースタンプ 前半)

久しぶりの太陽の光が気持ちよくて ぼくは散歩をしていたんだ
ここ1週間くらい毎日雨が降っていた
でも今日は久しぶりの太陽の暖かい光に照らされて
木や葉っぱや花がうれしそうだね 地面も乾いてきたみたいだ
表面の乾いた地面を踏みしめると 靴を履いていても感じるんだ
地面の表面は乾いているけど
土の中がまだ雨を含んで湿っているってこと
その感じが面白くって ぼくはずんずんどんどん歩いていたんだ

ぼくの家の反対側にある
街のはずれのトンネルまできちゃった
このトンネルの向こう側は たしか 隣街に行く道と
もう一本 このトンネルが掘られている山に登る道に分かれていたっけ

もうすぐお昼の時間だからそろそろ家に戻ろうか
それともモンスターの材料を探しに山に入ってみようか
と 立ち止まって考えていたピサの耳に
いつもの歌声が聞こえてきました

おっと 今日はここで歌っているのか

ピサはくるっと方向転換 
トンネルのこっち側から山に登る入り口へ向かって歩き出しました
迷うことなくスタスタと

歌声が気になりますね
誰が歌っているのでしょうか
ちょっとトンネルの中を覗いてみましょう
その歌声は
一言 一節 噛み締めるように歌ったり
喉から声を投げ出しているように歌ってみたり
そうかと思えばこのまま天に登ってしまうかのような
軽やかなステップを踏みながら飛び跳ねるように歌っている
カラフルな歌声が聞こえてきます

その歌声の持ち主
楽しそうに歌い踊っているのは郵便配達人のセトルくんです
今日は日曜日 郵便配達はお休みの日です
セトルくんはお休みの日にはいつも街のどこかで歌っているんです
ほとんど人が通らない街の端っこや
誰にも歌声が聞こえない場所で 歌っているんです

トンネルの上の山道を歩いているピサは
セトルくんの歌声を背中で聞きながら
あのモンスターのための良い材料はあるかなぁと少し焦った気持ちでワクワクしています
そして初めてセトルくんの歌声を聞いた時のことを思い出していました
あれは、、あの時はたしか時計台の屋根で休んでいた時だった
ぼくは太陽系を散歩してきた帰り道
空を飛んでいた竜くんと口喧嘩をした後だったんだよ
だからすこーし気が立っていたんだ
竜くんったら ぼくが一人だけで流星群を見に行ったのが気に入らなくて 
どうして誘ってくれなかったんだよって拗ねて口喧嘩をふっかけてきたんだ
ぼくが集めた流星群のかけらをくれたら許してあげるなんて言うからさ
モンスターを作った後にあまったらあげるよって言ったんだけど
竜くんたら全然聞いてくれなくて 文句が止まんなくなっちゃったから
ぼくは「うるさーい!ちび竜!」って叫んで帰ってきちゃったんだ
まったく 竜くんもまだまだ未熟者だぜ

ぼくは気持ちを落ち着かせようと思って
大好きな時計台のてっぺんで休んでいたんだ
そうしたら 中からすっごく素敵な歌声がきこえてくるじゃないか
あれれ この時計台の音はこんなイカした音だったっけ?
いやいや これは人間さんの声じゃないか!
なんて愉快で心躍る歌声なんだ!

ぼくは時計台の屋根をすべり降り 鐘が見える窓から中に入り
声のする方へ すいよせられるように歩いて行ったんだ

時計台の中は意外に広いんだよ
あ いたいた 長ーい2本の鎖のうらがわにすわって
目をつむって 体を揺すりながら気持ちよさそうに歌っているよ

ぼくは長ーい2本の鎖のこっちがわにすわって
鎖がおもりで動く ジジ ジジ って音と一緒に
その歌声をしばらく聴いていたんだ

そして歌声がとぎれた時
長ーい2本の鎖のうらがわに行って
歌声の持ち主に声をかけたんだ
「もっと人が集まるところで歌ったらどうだい?」って

(本当のことを言うとね 今だったら絶対に声なんてかけないんだけど、その時は彼がとんでもなく自信のない人間だったなんて知らなかったからさー)

声をかけたぼくに彼が気がつかなかったから
「ねえねえ!郵便屋さんのセトルくんっ!」って
大きな声で呼んだんだ
そうしたら彼はびくんって驚いてぼくの方をみて
「きみはー、、、あの空き家に住み着いてるピサくんかい?」って
言ったんだ
空き家に住み着いてる だなんてちょっと失礼な言い方だな
あそこはぼくの家なのに、、、って思ったけど
説明するのは面倒だったから ぼくはただ
「そうだよ」って答えたんだ

「ここはだーれも来ない場所だと思ったんだけどなぁー」
ってセトルくんがいうから
「なんでさー、もっと人がたくさんいる場所で歌えばいいのに
そんなに上手いんだからさ」
ってぼくにしては珍しくほめたんだ

そしたらセトルくんは目ん玉が飛び出るくらい目を大きく開いて
両方の手を体の前でパタパタ振って
「だめだめだめーだめさー ぼくなんかまるっきりダメさー
人に聞いてもらうなんてむりむりむりーむりさー」
ってまるで歌って踊っているかのように早口で言ったんだ
ちょっとさ、、ぼくはイラッとしたよね
それでなくても竜くんと口喧嘩したばかりだったからさ
そのトゲトゲした気持ちがセトルくんの歌声で
優しく楽しい気持ちになったんだよ それで嬉しくなってたのにさ
当の本人のセトルくんが自分のことをダメだのムリだの言うんだもん
イラッとしてムカッとしたよね
なんだかなー わかってないよなー じぶんのこと
でも ほら ぼくはケンカとかはいやだからさ
あ 竜くんとは時々口ゲンカするよ 友達だから
でもセトルくんのことは郵便配達人ってこと以外はよく知らないからね
ぼくは「ふーん」って言って帰ろうとしたんだ
そうしたらセトルくんがあわてた様子で
「あ!まって!ピサくん!」って呼び止めたんだ
もっと歌を歌ってくれるって様子じゃあなかったんだけど
いい歌聞かせてもらったし 
すこーしくらいなら話し相手になってもいいかなーって思ったから
ぼくはセトルくんの横に腰を下ろしたんだ

「なーに?郵便配達のお兄ちゃん」
「セトルでいいよ」
「セトルくん なーに?」
、、、少し考える風な感じを見せて セトルくんは言ったんだ

「ぼくは郵便配達人なんだよ」
「うん 知ってるよ」
「ぼくんちはおじいちゃんの頃からこの町でお手紙や荷物を運んでいるんだよ」
「それは知らなかったけど そうなんだね」
「うん その郵便配達人のぼくがみんなの前で歌を歌うなんて
おかしいことじゃないかい?」
「なんで?」
「なんでって、、、みんなはぼくのことを郵便配達人っておもっているわけで
そのぼくが突然歌なんて歌い始めたら
仕事をサボっている とか
仕事に集中していない とか
配達を間違えるんじゃないか っておもわれないかなー」
「だから なんで?」
「なんで なんでって、 ピサくんはぼくの話をちゃんと聞いているのかい?」
「聞いているからわからないんだよ
なんで郵便配達人のセトルくんがみんなの前で歌っちゃいけないの? ルールがあるの?」
「ルールなんてないさー、でもみんなおかしいっておもわないかな? 」
「おかしいと思われたくないなら歌わなけりゃいいじゃないか」
「でもさっき 君はぼくに(みんなの前で歌えばいいじゃない)って言ったじゃないか!」
「言ったさ!だってセトルくんの歌声がとってもイカしてたからさ
みんなが聞いたら楽しいだろうなーってちょっと思っただけだよ」
「ぼくの歌声がイカしてるって?、、、、」
そう言ってセトルくんはしばらく長ーい2本の鎖をみつめていたよ
ジジ ジジっておもりで鎖が動く音が時計台の広い空間に響いていたんだ

「でも、、」とセトルくんが言ったと同時に
「じゃーね!」とぼくは勢いよく立ち上がって階段をササーっと降りて
時計台の建物から飛びだして あの 空き家と呼ばれているぼくの家に戻ったんだ
ぼくのこういうところを街のみんなは「せっかちピサくん」
なんていうんだけど そうかなぁ 
ぼくはずいぶん呑気でお人好しだと 自分ではおもっているんだけどなぁ

残されたセトルくんは目を宙にふわふわさせながら
「でも、、でも、、」といいながら
長ーい2本の鎖のうらがわにすわっていました
心の中にはピサの声がこだましていました
「セトルくんの歌声はイカしてる」って言ったピサの声が
その声はいつのまにかセトルくんのママの声になって
「セトルの歌声は本当にステキね」
と言う言葉が心に響きはじめました
その声に懐かしくうっとりしていると
別の方から
じわじわと重たい声が聞こえてきました
それは「郵便配達人に歌の勉強なんて必要ないね」という
パパの声でした
「そうだよね」とポツリと言って
力なく立ち上がったセトルくんは時計台の建物でて
久しぶりの太陽の日差しに目を細めながら
この湿っぽい気分を乾かしながら帰ろう
と思いながら家に向かって歩き出しました

歩きながらセトルくんは小さかった頃
ママと毎晩寝る前に一緒に歌っていたことを思い出していました
ママがぼくに本を読んでくれるのも嬉しかったけれど 
それよりもなによりも
ママの歌を聴いたり ぼくがその日の出来事を歌にしてママに聞かせたり
することがたのしかったなぁ

ぼくはその時間が大好きだったなぁ

あぁ そういえば ぼくは本当は
街の小学校を卒業する時、少し遠くの大きな街にある音楽の学校で勉強して歌うことを仕事にしたい なんて思っていたっけ
学校のことを調べてパパとママに伝えようと思ったこともあったなぁ
きっとパパとママはいいよ、やってごらんって言うだろうということは
わかっていたんだけど
でも ぼくは言えなかったんだ


(誰もぼくの歌を聴いてくれなかったらどうしよう)

(ママはママだから ぼくのことを愛しているからぼくの声を褒めてくれるけど 誰からも褒められなかったらどうしよう)

(おじいちゃんのときからずーっと郵便配達人だったぼくんちがぼくでやめちゃったらみんながこまるだろう)

(芸術を仕事にするなんて特別な天才にしか許されないことなんだ)

ぼくは調べた学校のことを誰にも言わずに郵便配達人になったんだ
おじいちゃんのように パパのように

そうそう そういえば
一年の終わり頃に毎年この街に来る歌うたいのステージを
ママとパパと3人で聴きに行ってたっけ
ある時ぼくはパパに聞いたんだ
「あの人たちはどうしてこんな風に歌をお仕事にできているの?」って
パパは
「歌の学校で勉強したんだよ お前もこの人たちのようになりたいのかい?」って聞いてきたんだ
ぼくはとっさに
「ううん ぜんっぜん!ぼくは郵便配達人になるんだ!パパやおじいちゃんのようにね」って言っちゃった
その時のパパの顔は忘れられないなぁ
嬉しそうに笑って
「そうかそうか じゃあ余計なお金がかからんくてよかったよかった
郵便配達人には歌なんか必要ないからな」
って言ったんだ
パパはいっつもお金の心配ばっかりしていたなぁ
ちぇっ せっかくの休みなのにつまんないこと思い出しちゃったなぁ
今日が晴れの日だったことがせめてものラッキーだ

それにしても
まさか時計台にピサくんが現れるとはおもわなかったなぁ
また来るかなぁ
ぼくの歌声がイカしてるって?そんなこと言われたの初めてだ
あ そーか ママ以外でぼくの歌を聴いてくれたのはピサくんが初めてなんだ
みんなに聞いて貰えばいいだって?
いやいやいやいや
むりむりむりむり
そんなことできっこないさー
でも ピサくんにならまた聞いてもらってもいいかなぁ
そうだ!次の日曜日はピサくんの住むあの空き家に行ってみよう
あれ?ピサくんが住んでいるんだもん もう空き家とは言わないか

少し心が軽くなったセトルくんは
いつものパン屋さんでお昼ご飯のパンを買いながら
今日はこのままママのいる病院へ行ってお昼を食べよう
と思いつき 花束を買うために花屋へ向かいました

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