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boundary

「そういえば、ずっと黙ってたんだけど」
「え、何を?」
「俺さ」
「うん」
「実は、君を一度、殺したことがあるんだよね」
「ふーん」
「ふーんって、驚かないの?」
「いや、別に驚いてあげてもいいけど、そんな偽りの驚きほしい?ほしいならあげるよ。でも、その代わりジュース奢ってね」
「じゃあいいや」
「え、なに、もしかして、もっと、私が驚くと思ってた?」
「そうだね。少なくとも、僕の頭の中であのセリフが生成されて、そこから口に出るまでの間は」
「ふーん。君っておもしろいよね。ちなみに、そのセリフは君の頭の中で生成されたの?」
「僕はそう思ってるかも。いや、違うんかな。実際さ、よくわかんないんだよ。脳とか心とか。腸で考えているとかいう人もいるでしょ。君はそれについてどう思う?」
「うーん、私もよくわからない。思考って何なんだろうね。この世界を見るための、フィルターみたいなものかな。あれ、君、今まで私に『君』って言われたことあったっけ?」
「いや、わからない。あったようななかったような。確かに新鮮な気分もあるけど、あれ?やっぱり名前がいい?」
「いや、どっちでもいい。名前なんて便宜上なものでしょ。便宜上。あれ、なんか便宜上っていう単語にすごい便宜を感じ始めたんだけど」
「そっかあ。ちなみに、今日、お昼はどうする?」
「毎日やってくるよね。お昼って」
「たぶんね」
「それで、いちいちお腹すくでしょ」
「まぁね」
「いいんだけど、いいんだけど、なんか、もっと便利に作ってくれてもよかったよね。人類を。あ、哺乳類を。あ、他の生物も」
「神がってこと?」
「え?生物って神がつくったの?」
「え、そうじゃないの?」
「へー、そうだったんだ。でも、あれか、意外と、最大に便利にした最終形が、この世界の在り方って考え方もあるのかな。人類って、なんか、よくわからないけど、必死に便利になろうとしているじゃん。便利の定義もわからずに。幸福の定義も決めないままに。だから、便利さを求めているつもりが、実は不便利、あれ便利の反対って、不便利で合ってる?まぁ、いいや。あれ、何の話してたっけ。あ、そうそう、人類は実は不便利に向かっているって話。 そう、人類は自ら、不完全になろうとしているような気がするの。それって、すごく滑稽じゃない?こないださ、一緒に、森に行ったじゃん?あれは、先月か。あの時、別に大したことじゃないから話さなかったんだけど、なんかすごい木々が笑ってたの。私たち見て。いや、基本は優しいんだけどね、あの子たち。でも、馬鹿だなぁって感じで見てたんだよ」
「へー、そうだったの。俺は全然感じなかったけどね。言ってくれればよかったのに。君は、あれなんだね、木々のこと、『あの子たち』って呼んでるんだね」
「別に、私たちの間に上下関係があるわけじゃないよ。もちろん君と私の間にも。でもなんだろ、単純にかわいいんだよね。『子』って言いたくなっちゃう。でも、あれか、母なる大地っていうし、全然上の存在なのかな。だとしたら、私、相当失礼じゃん。ちなみにだけど、また、君は私のこと『君』って言ってたよ」
「え、そうだった?無意識かも。あれかな、意外と今までも言ってたのかな。もしかしたら、 これからも言っちゃうかもしれないし、もう君って呼びたくもなってきてる感もあるから、もう許して。ああ、で、話戻るけど、木々に君の気持ちは伝わってると思うよ。まぁ、保証は出来ないけど」
「いや、私、相当失礼だよ。次回以降気を付けよ。もし、なんか、自然に対して、上から目線的な発言してたら、注意して」
「まじめか」
「これを、まじめまじめじゃないって議論にすり替えちゃう感じが、実に君らしくて、憎らしくて、好きだな」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてるってことにしたら、何か出る?」
「うーん、したら今日のお昼おご…」
「褒めてる」
「え、そんな食い気味で言うもん?」
「言うもん」
「で、お昼何にしようか?」
「最高級の焼肉」
「はい、だめー」
「じゃあ、うどん。天ぷらの盛り合わせも付けて」
「ほんとにうどん好きだね。まぁいっか。お腹すいたな。準備して行こ」

「あー、確かに」
「どうしたん?」
「あー、まぁ、いいや。何でもない。気にしないで」
「いやいや、気になるでしょ」
「え?そんなに気になる?」
「まぁね。ねえ、なに、言ってよ」
「いやー、さっさ、君言ったじゃん『君を一度、私を殺したことがある』って」
「あー、言ったね。え、なに、急に」
「あれさぁ、確かにそんなことあったなぁって、今思い出して」
「今、思い出したの?ほんで?」
「『ほんで?』って?」
「で、なんか、思ったとか、こうしたいとか何かないの?」
「うーん、特に。別に明確に覚えているわけじゃないよ。それは体感というか、温度なのかな。うん、たぶん温度。温度を思い出せるんだよ。でも何度とかはわからないから聞かないでね」
「そっか。わかった。その、茄子の天ぷら一個ちょうだいよ」
「やだよ。私、茄子好きじゃん。こっちのちくわあげる」
「やったー。うまいもんな、ちくわ」
「でさ、なんで、私を殺したの?」
「え、その話、今する?」
「する」
「うどん食べた後じゃだめ?」
「だめ」
「わかったよ。でも、特に理由なんて無かったんだよ、本当に。好き過ぎて、自分のものにしたいとか、そんなわかりやすい理由があったら、それが一番いいんだけど、そんなのもなかった。死を見てみたかったとか、生とは何かを知りたかったとか、そんな知的好奇心があったとか言えたら、もうちょっと様になるのかもしれないけど、それもなかった。実に、自然に殺してしまったんだ。でも、たまに、思うんだよね。もしかしたら、殺してなかったのかもって」
「なんで?」
「いやわからない。君の言う、その体に残る温度みたいなものを、ただ認識していただけなんじゃないかって」
「ふーん」
「ふーん、で終わり?」
「まぁ、確かに、始まりも終わりもわからない世界を思えば、全ては、ネーミングに過ぎないのかもしれないよね。生も死も、君も私も、このうどんも天ぷらも」
「そうかもしれないね」
「私からしてみれば、君も死んでいるようにも見えるよ。もちろん生きているようにも。そんなのはどうでもいいの。今この瞬間大事なのは、この、今、口にしようとしてる舞茸の天ぷらをいかに味わうかということだけ」
「まぁ、そうだね。でも、どうでもいいとか言う割には、すごい聞いてきたじゃん、理由」
「確かに。そうだね。まぁ、そんな気分だったってことかな。まぁ、今は、完全に舞茸に夢中。これ、おいしい」
「よかったね。めっちゃうまそうだもんね。ダメ元で聞いてみるけど、その舞茸俺にも…」
「だめ」
「めっちゃ食い気味で『だめ』っていうじゃん」
「だって、さっきちくわあげたでしょ?」

「ねえ」
「ん?」
「この世でさ、一番いらないものってなんだと思う?」
「どうしたん、急に?なんだろうね。ゴミとか?」
「ゴミって何?いや、ゴミはもちろん知ってるけど、ゴミとゴミじゃないものって何が違うんだろうね」
「何なんだろうね。ゴミって、不要なものだよね、たぶん。じゃない?」
「不要なものねぇ。例えば、さっきまで使ってたものが、急に不要になったとしたら、それは、その瞬間からゴミになったってことだよね。もし、そのあと、それが急に必要になったとしたら、それはゴミから復活するってこと?復活したら、それは一度ゴミになった過去もなかったことになるの?誰かにとってゴミだったものが、他の誰かにとって宝物だったとしたら、それはゴミ?それとも宝物?お皿の上にフライドポテトがいっぱいあったとして、 おなか一杯になって、もういらなくなった瞬間にそれはごみ?捨てる時に、ちょっとばっちい感じで扱うのは、それはそのポテトをゴミと認識しているから?一本前のポテトと、一本後のその境界線には何があったの?ポテトは何か変わったの?変わったのはその人の認識?その認識が変わることは悪いこと?なんか自分で話しててよくわからなくなってきた」
「まぁ、俺は、しなしなのポテト大好きだから、次の日にでも食べるかな」
「そういう話をしてるんじゃないけど、まぁ、いっか」
「そうすると、この会話は、ゴミの可能性もある?」
「どうなんだろ。私はそうは思ってないけど、そう思うものもあるのかもしれないね」
「ふーん。この呼吸が二酸化炭素と化してるしね。全部じゃないけど」
「なんかね、思うの。というか、思ったの、こないだ。この世で一番いらないのって、言葉なんじゃないかって。なんか上手く説明出来ないんだけど、言葉というか、この言葉の概念というか。ああ、概念じゃないのかなあ。何て言えばいいんだろ」
「言葉ねえ。まぁ、今も、言葉でコミュニケーション取ってるけど、これもいらないってこと?」
「いや、そうじゃない。たぶん、これは、私の問題。こないだね、言葉を無くした少年の話を読んだの。あれは短編小説なのか、長編の詩なのか、何なのかよくわからない感じだったんだけど、あれを読んだ時に、なんか私の中にあったもやもやが少し治まったの。言葉は言葉でしかないの。それ以上でも以下でもないの。大事なのはこの感覚なの。君が私を殺した時に感じたその温度であり、私が君に殺された時に感じたあの温度なの。これからも言葉を使うよ。でも、言葉そのものに、色も、形も、匂いも、味も、重さも、触感もないの。何て言えばいいんだろ。言葉は巫女、つまりシャーマンだよね。媒介してるだけなの。言葉を言葉として価値のある、意味のあるものとして、丁寧に陳列されていることが不自然なの。少なくとも私にとっては。みんな言葉に重荷を積みすぎなの。言葉に依存し過ぎなの。言葉はそんな立派なものじゃない。場末の喫茶店に飾られている絵と、公園の隅に咲いた誰にも見てもらえなかったあの黄色い花と、人知れず誰かを待っているあの少女のまなざしと、飲み切れずに排水溝に流された私たちのうどんのつけ汁と、何も変わらないの。なくなりもせず、ただあるだけなの。とても無機質なものなの。私は強固になってしまった言葉の輪郭を融解したいの。静かに、この空気中に、流れる水に、君の体内に溶け行く言葉をこの目で見たいの。だから、言葉を無くしたいんじゃなくて、不自然になり過ぎた言葉の在り方を元の姿に戻したいの。あれ、もしかして、私、だいぶ変なこと言ってる?」
「いや、君が変なのは、今始まったことじゃないし、つまり、その答えは、君のそのちょっと大きくなった呼吸であり、僕のこの胸の鼓動ってことだよね?」
「こんだけ言葉に出来ないことを一生懸命言葉にしたのに、『つまり』って言われちゃうと、ちょっと癪ではあるけど、そういうことかも。あぁ、なんか嫌な感じ。なんか、自分が、喜んでるのか、ムカついてるのかよくわからなくなってきた」
「コーヒー飲む?」
「飲む。濃いめのやつね」
「わかった」

「あのさ」
「うん」
「やっぱり昨日からちょっと引っかかってて」
「何を?」
「昨日してた言葉の話」
「そもそもさ、そもそも、言葉ってなんで生まれたんだろう?って」
「確かにね。なんでだと思った?」
「まぁ、結論なんか出てないよ。調べれば、もしかしたら、それらしいものも見つかると思うんだけど、なんかそれもつまらないなぁと思って。そもそも、この世の中って、それらしいものを見つけるゲームだったりするのかな?」
「今日は、なんか、そもそも論が多いね。好きだけど。お茶でも飲む?」
「いや、コーヒーがいい。でも、もしさ、仮に、それらしいものを見つけるゲームだとしたら、私たちは何も創造できないことになる。まぁ、考えてみれば、新しく創造されることなんてないのかもしれないけど。料理だって、食材を、切ったり、煮たり、焼いたり、調味料振ったり、それらを皿に盛ったものに過ぎない。そこにおいては、私たちは何も生み出してない。音楽もまた、様々な楽器から出される音を構成しただけ。あと、なんだろ、絵もそうなのかな。絵の具を混ぜ合わせて、紙やキャンバスに塗っただけ。別に何もないところから、突然ふっと生まれるものではなく、ただ形が変わっただけ。その形を変える行為を私たちはクリエイティブと読んだりするわけだけど。本当は何もクリエイティブしてない。思考を何か視覚的、まぁ、視覚だけじゃないけど、人も体感することのできるものに変えるという意味では、その変換をクリエイティブと呼ぶことも出来るのかもしれないけど、そもそも、その思考はどうやって作られたかを考えると、あ、また『そもそも』って言っちゃった、まぁ いいや。思考って、もし仮に、色んな経験や知識で作られているのだとすれば、それすらも アプリオリなものではなく、料理と一緒、混ぜ合わせたものに過ぎないよね?あれ?私、何の話してたんだっけ?」
「えーっと、何だっけ。あ、そうだ、言葉は何で生まれたのかの話」
「あ、そうだった。全然違う話してたかな?そういう癖あるよね、私」
「まぁ、そんなところも嫌いじゃないけどね」
「そう、で、なんで、生まれたかというのを考えてみたんだけどね。それは、伝えたい想いがあったからなんじゃないかなって思ったの。その想いもまた、欲とか、他の何かが生み出したんだと思うんだけどね。たぶん、最初は書き言葉なんて無くて、しゃべり言葉しかなかったと思うの。いや、その前は、身振りとか、手振りとか、仕草とか、表情とか、言葉とも言えないような音とか、そういうので伝えていたと思うんだよね。赤ちゃんとか見ててもそんな気がする。あ、先に言っとくけど、これ、完全に私の妄想の話だから。エビデンスとか、 そういう話しないでね」
「わかってるよ」
「でね、その人たちは途中で思ったの。『あれ、ボディーランゲージ』って限界ない?って」
「ほうほう」
「でも、音の組み合わせだったら無限に作れるし、その意味で、より詳細な表現が出来る」
「なるほど」
「そうやって、言葉は生まれたの。まぁ、本当のところは知らないけど。だから、言葉は言葉でしかないと思うの、やっぱり。想いを伝えるためのツールに過ぎないの。なのに、みんな言葉に力があると思ってるよね。たぶんそれは違う。言葉に力があるんじゃなくて、その想いそのもに力があるの。だからね、私は言葉の輪郭を溶かしたいの。もっと無意味なもの、 いや無意味ではないけど、形があって、形がないものにしたいの。言葉を超越するというか。 うーん。やっぱり表現できない。これが言葉の限界。という名の私の語彙力の限界」
「うん。なかなかいい妄想だと思う。なんだろ、一度、君の頭ん中に一回入ってみたい思ったよ。もしくは、目玉を剃り抜いて取り替えるか」
「目玉は取り替えられないけど、入ってみる?」
「え、どこに?」
「私の頭ん中に」
「え、出来んの?」
「出来るよ」
「えっ、うそ。マジで」
「マジ」
「え、どうやって?」
「それは、内緒」
「なんで、教えてよ?」
「また、今度ね」
「え、いつ?」
「気が向いたら」
「気が向いたらかー。うーん。わかった」

「結局さ、何も増えもしないし、減りもしない。生まれもしなければ、消えもしない。全ては、形を変えて廻ってるだけなんだって。そう思わない?なんか、科学でも、そんな法則なかったっけ?」
「質量保存の法則だか、なんかあったね。まぁ、僕もよくわからないけど」
「だとしたらさ、別に優劣も何もないよね。現時点での差異はあったとしても、結局は君は私で、私は君。君が、あの花の周りを飛び回るミツバチなら、私は、夜空に散らばる幾千の星の一つ。君が、目が眩むほどの眩しい光なら、私は、形なく流れるあの小川に降る雨」
「なるどね」
「だからさ、思うの。現時点での、今あるシステム内で、強者が弱者を滅ぼすというのは、 結局は自らの首を絞めることになるんじゃないかって」
「ただ形を変えているだけだから?」
「そう。もう切り離すも何もできないの。全部が繋がっちゃっている。一つと言ってもいいのかもしれない。これってスピリチュアルとかでいうところのワンネスっていう概念なのかな?なんかそういうのあんまり詳しくないんだけど、でも、きっとそう。だって、この机だって、この椅子だって、この花瓶だって、このカーテンだって、この窓だって、このテレビだって、このソファーだって、このカバーだって、このカップだって、このコーヒーだって、空気中に舞う何かだって、君だって、私だって、みんな素粒子で出来てるんでしょ?エネルギーなんでしょ?」
「まぁ、俺も詳しいことはわからないけど、そういう事なんだと思うよ。あのさ、もしよかったら、今日天気いいし、買い物がてらに、ちょっと散歩でもいかない?どう?」
「行くから、ちょっと待ってて。だからね、私たちって、何かの一部なんじゃないのかなって思うの。例えるなら、そうだな、臓器みたいなもの。それだけで切り離しても何の意味もなくて、全ての一連の中の一部であることで、初めて機能するみたいな。だとするなら、この私たちを包括するものってなんなんだろ?この私達に該当するものって何だろ?何だと思う?自然?神?あ、コーヒー持っていきたいから、コーヒー淹れて」
「たまには自分で淹れてよー。まぁいっか。早く着替えて準備しな。うーん、何なんだろうね。やっぱり神なのかな。サムシンググレートって言ってた教授もいたよね。そうするとさ、 全ては循環しているってことだよね。増えもせず無くなりもせず。諸行無常。だから君が言ってたように、何か固定された輪郭のようなものは、すごく不自然というか、流れに対して抗うようなことになるよね。でも、もし全てが、まぁ、この僕というこの存在もまた、その流れの一部であるとするなら、この僕が『意思』だと思っているこれは、僕の意思ではないということなのかな?論理的な思考を持っている割には、時に訳の分からない話をする君を愛おしいと思っている、この僕の感情は、僕が自ら生み出したものではないってことだよね。君が言ってた言葉を使うなら、媒介者。語弊を恐れずに言うならマシーンと言ってもいいのかもしれない。もし、そうだとするなら、僕らはどう生きるのが正解?」
「えー、なんてー?君の声全然聞こえない。コーヒー淹れてくれてる?」
「そっかー。今淹れてるよー」
「ありがとう。さっきの君の話全然聞こえなかったから、後でもう一回話して!私もうちょっとで着替え終わるから」
「もう、やだよ」
「えー、なんてー?」

「私ね」
「うん」
「歩くの好きなの。君は?」
「僕も好きだよ」
「なんかさ、歩きながら話すって、ジョブズみたいじゃない?」
「appleの?確かに。かっこいいけど、それだけの理由?」
「いや、なんかさ、循環するというか、めぐる感じがするの。こう、どわーって。この体内に流れる血なのか、気なのか、思考なのか、なんなのかわからないけど、循環するの。世界の諸行無常と溶けて一体化する感じがあるのかな。思いの外、クリエイティブになれる気もするし」
「確かにね。自転車乗っている時とかもそうかも。あれ?なんかさっきクリエイティブは嫌いとかなんとか言ってなかったっけ?」
「そういうこと言わないで。便宜上使っただけ。言ったでしょ、言葉は形骸化されるべきだって。あ、コーヒーちょーだい」
「はい」
「ありがと」
「これも、あれだよね、麻薬だよね、一種の」
「そうかもね。もう君、一日何杯飲んでる?3杯ぐらい?」
「少ない時でそれぐらい。これだけ中毒性があるなら、ほかの麻薬と何が違うんだって思う。 タールのないニコチンだけの電子たばこと何が違うんだろうって。大麻と何が違うんだろうって。アルコールと何が違うんだろって。合法なものもあれば違法なものもある。年齢制限があるものもあればないものもある。あっ、あの黄色い花きれい!菜の花?まぁ、いっか。そうそう、チョコとかも中毒性あるしね。しかも何が不思議って、同じものでも、国が変わると合法になったり、アルコールも国によって年齢違ったりするじゃん?同じ人間なのにだよ?もうわけわからないよね。しかも、違法だったのが、合法になったりもするわけじゃん?基準って何なの。境界線は誰が引いたの。誰かのプライドが引いたの?誰かが欲したお金が引いたの?誰かの自己顕示欲が引いたの?境界線が嫌い。全部溶けちゃえばいい」
「まぁ、一応、人に迷惑かけたりするのは厳しくするとかはあるんじゃない?」
「だとすれば、お酒なんて、トラブル多発するんだから、違法にした方がいいはずじゃん?だから、そういうもんじゃない。なんかあるんだよね、利権とか」
「そうかもね」
「コーヒーだって、私からしたら、もう暴力だよ。カフェインで無理矢理自分を覚醒させてるんだから」
「いやいや、君は、好んで飲んでるじゃん」
「いいの。恋愛だって、中毒だよ。はまるものはみんな中毒。だから、みんな何かの中毒になりたくて仕方ない。その陶酔感でこの世界を泳ぐんだよ。誰一人、まともに現実なんて生きてはいないんだよ」
「確かにね。ってことは、君の頭の中に入るっているのも、つまりはそういうこと?」
「おっ。さすがだね。そうかもしれない。し、そうじゃないかもしれない」
「やめい、そのふんわりした回答」
「嫌いじゃないでしょ?」
「まぁ」
「そう、でも、きっとそういうこと。思考には限界があるよ。言語に限界があるんだから。 だから、言語を形骸化させたり、融解することができれば、その先に行ける。私はそう思ってるよ」 
「君はアーティストだね」
「アーティストって表現もあんまり好きじゃない。別にアートやってないし。全てを一度無価値にしたいだけ。無意味にしたいだけ。無色にしたいだけ。無臭にしたいだけ。無味にしたいだけ。君が一度私を殺してくれた時みたいに」
「なるほどね」
「もうね、どうでもいいの。始まりも終わりもないわけだし、何一つ正しいものがない世界においては、目指す方向もないし、ただあるだけ。でもさ、ただあるだけっていうのがなかなか難しいよね。選んでしまうし。それは、その時点において、優劣を決めているとも言えるしね」
「じゃあさぁ、何で君は生きてるの?」
「私って生きてるのかな?」
「どうなんだろ。どう思う?」
「うーん。生きてはいない気がする。いや、生きているとも言えるし、死んでいるとも言える。これは、君が嫌いじゃない表現。だよね?」
「そうだね。生きてはいないかもっていうのはどういう意味?」
「もう、そういう概念を超えている感覚。わかる?例えば、今私が生きているとして、ある時死んだとするよね。その死を私は認識できるの?もし認識するという行為が、生の中で行われるのだとすれば、ある意味では、私の中では死は存在しないことになる」
「確かになぁ。なんか、君のそういうロジカルのようで、時にぶっとんだ感じ好きなんだよな」
「それって、褒めてる?」
「褒めてるよ」
「なら、許す」
「ありがと」
「夕食の材料の買い物でも行こうか。何にしよう?」
「うーん。味噌煮込みうどん」
「作ったことないけど。てか、またうどん?」
「なんで、そんなにバラエティに富んだ感じで食べようとするの?あれは昨日食べたからやめようとか、もう好きなら毎食食べたらいいじゃん。だし、味噌煮込みうどんについては、うどんといわれているけど、私はうどんとみなしてないから!」
「どういうこと?まぁ、僕も好きだからいいけど」
「おいしいもんね、うどん」

「太陽が昇ったり沈んだりするじゃん?」
「うん」
「あれ、実際は私たちが動いているだけでしょ?」
「たぶんね。地動説が正しいなら」
「太陽サイドはどう思ってるんだろね」
「太陽サイドっていうな。まぁ、くるくる回る地球を見てるんじゃん」
「楽しいんかな?」
「わからない。でも、そうするしかないからね」
「そうするしかないのかな?でも、そうか。私たちも、自分の意思でやっていると思っていることも、結局は何らかの因果関係の中でそうなったに過ぎないというふうにも考えられるしね」
「そうだね」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ!?」
「誰?」
「えっ、君、誰?」
「わたし?」
「わたし?」
「いや、君だよ」
「えっ、僕?」
「わたし?」
「ん?」
「えっ?」
「あれ?」
「えっ、ちょっとまって。えっ、君、誰?」
「えっ、わたし?」
「えっ、あれ、もしかして、急に、一人増えた?」
「えっ、そんなことある?」
「ある?」
「ある」
「だから、君は誰なんだよ」
「わたし?」
「わたし?」
「あー、もう駄目だ。会話にならない」
「わたしも、そう思う」
「俺のせい?」
「いや、きみのせいとかじゃない」
「もしかして、僕が君で、君が君で、君が僕?」
「いや、それは違う」
「全然わからん」
「まぁ、もういいんじゃない?どうせ、なんだかわからない世界に生きているんだから」
「そういうもんなんかなぁ」
「そういうもんだと思うよ」
「ってか、誰?」
「わたし?」
「こういうさ、アイデンティティっていうのも何か居心悪かったりするんだよね。人が自分のアイデンティティを押し付けてきて、自分もまた、アイデンティティを確立しようとする。 アイデンティティって何なの?そんなに、わかりやすいもの?昨日自分と今日の自分が変わってちゃまずい?一分前のわたしと一分後のわたしが変わってちゃまずい?安心したいんだよね、人は。これは、こういうものだっていう、認識の中に収めておきたいんだよね。 そこから外れちゃうとわからなくなるから、批難したくなったり、遠ざけたりするんだよね。 わからないことに対する恐れもそう。その代表例が死だと思う。でも、それは、君が私を一度殺してくれたから、わかったよ」
「あれ、今のは君だったのか」
「君のトーンはわかりやすいね。温度感もなんとなくわかった」
「え、今しゃべったのは君?」
「え、一旦名前つける?わからなくなるから」
「それはいや、境界線を作るのはいや」
「今のは、完全に君やな」
「えっ、君はわたしだよ!」
「えっ、どういうこと?」
「お前は、一体誰だ?」
「もう嫌い」

「おきてーー」
「…」
「おきてーーー」
「うん。あっ」
「やっと起きた」
「ごめん。あ、俺寝てた?結構寝てた?」
「うーん。30分くらいじゃん?」
「ちょうど、この章読み終わったから、起こしてみた」
「そっか。ごめん」
「なんか、すごい、『えっ?えっ?』みたいな寝言言ってたけど」
「そうそう、すごい夢みたの」
「どんな?」
「いや、君と話してたら、突然もう一人増えたの?たぶん」
「えっ、どういうこと?」
「『えっ、どういうこと?』ってなるよね。しかもね、なんて言えばいいんだろ。なかったんだよ。物理的な身体が」
「その人の?」
「いや、僕らも。ただ声だけが聞こえる、いや、あれは、声だったのかな。とにかく、もう一人増えたの。で、誰が誰だかわからなくなるっていう」
「君はおもしろい人だね」
「いやいや、おもしろいっていうか、もう、全然意味が分からなかった。あいつ誰だったんだろ」
「あれ、でも、今、君の後ろにも人いるよ?」
「えっ?嘘?」
「嘘」
「なんで、そんなしょーもない嘘ついたんだよ」
「そんなしょーもない嘘に引っかかる君が好きなんだよ」
「それ、褒めてる?」
「褒めてたとしたら、何か出る?」
「うーん、したら、今日の夕食の材料おご…」
「褒めてる」
「このくだり、何回やるん?」
「何回でもやるよ。君の財布の底が尽きるまで」
「こわいこわい」
「で、なににするんだっけ、今日の夕食」
「うーん」
「あっ、そうだ!味噌煮込みうどん。『味噌煮込みうどんについては、うどんといわれているけど、私はうどんとみなさないから!』みたいの、君が言ってたの思い出したよ」
「えっ?何の話?」
「えっ?俺が寝る前、そんな話してたじゃん」
「えっ?」
「何が?」
「えっ、大丈夫?」
「だから何が?」
「えっ、もしかして、君…」
「もしかして?」
「君、まだ、夢の中なんじゃないの?」

「あれっ」
「なに?」
「そんな服持ってたっけ?」
「えっ、こないだ買ったの。なんか、新しい古着屋さんが、駅の向こう側に出来ててね。新しい古着屋さんって何かアイロニカルでいいね」
「笑いながら怒るみたいな?ちがうか」
「全然違う」
「きびしいなあ。でも、その柄いいね」
「いいよね、古着大好き。『誰が着たかわかんないようなもの着れない』って子もいるけど、なんというか、古着にしかない、この風合いとか、当時の匂いとか、温度とか、なんかそういうの感じちゃう。だってこれなんて、70年代のヨーロッパのやつだから、私が生まれる前から存在してたやつだよ。すごくない?なんか歴史的建造物着てる感じ」
「すごい表現だな。でも俺も好き。新品には出せないよね、この感じは。時間が齎す豊かさというか」
「別にうまいこと言おうとしなくて大丈夫だよ」
「そんなつもりないけど、いや、ちょっとあったかも」
「でもさ、何がおもしろいって、この服だって、別に売られた時は、古着じゃなかったわけじゃん。めちゃくちゃ新品だったわけ。歴史的建造物だって、最新の建物だったわけ。ビートルズだって、今や音楽の教科書に載っちゃってるけど、あれはロックだからね。アンチの音楽だよ。って考えると、今新しく出来ているような、あの建物も、デパ地下で売ってるような目新しい総菜も、概念も、髪型も、音楽も、絵も、機械も、文化も全部歴史になるのかな。 かっこいい存在になるのかな?」
「全然想像できないよね。古いものって一見かっこ悪くて、新しいものがかっこいいみたいのがあるけど、古いのもまた、一定期間の時を経るとかっこよくなったりする。そのもの自体は何も変わらないのに、僕らの感覚だけが変わっていく。でも、古くなっても、全てがかっこいいわけじゃなくて、ださいものもある。もちろん人によるとは思うけど。たぶん、そこには、何か本質的なものがあるんだと思う。時を超えても、場所を超えても、美しい、かっこいいと思えるような、人間に響く何か。そんな気がしない?」
「そうだね。確かに。それは、たぶん黄金比とか、そういうのもそうだと思うけど、ロジックで説明できるもんなんかな?」
「どうだろ、ロジックで説明できるなら、もっと美しいもので溢れてもいい気がするけど。うーん。わからない」
「ふーん。でもさでもさ、何かを生み出すということは、例外なく、いつかはそれらは朽ちていくわけでしょ?朽ちていくことは悪いことじゃない。というか抗えない摂理なわけ。だから、朽ちていくことも含めて、生産者は物を作っていかなくてはいけないと思うの。物を生み出すことについての責任感がなんか、すごい薄れてる気がしない?もちろん、買うという行為に対する責任感もそうだけど。すごく刹那で考えてる。時と共に生きるというある種の覚悟というか、なんかそういうのが必要だと思うの。時の経過も含めた美しさを考えてないというか。あー、なんかムカついてきた。何に対してかわからないけど」
「おーおーおーおー、一旦落ち着こうよ。コーヒー飲む?」
「飲む」
「じゃあ今淹れるよ。でもさ、朽ちていくというのも、あくまでも人間がそうとらえただけで、それそのものは、ただ、諸行無常のまま変化してるだけなんだよね。全ては人間の目を通してでしか、物事は見れないもんなのかね?」
「なんか、急に難しいこと、放り込んできたじゃん」
「いやいや、なんかそう思って」
「まぁ、確かにそうかもね。きっと、これも、君の夢の中の物語だしね」
「えっ?」
「『えっ?』って?」
「えっ、これ俺の夢の中なの?」
「知らないよそんなこと」
「今言ったじゃん。頬っぺたつねってみたけど、痛いよ」
「『頬っぺたつねって痛かったら現実である』っていう概念の中の夢なのかもしれないしさ」
「もう、そんなこわいこと言わないでよ」
「じゃあ聞くけど」
「なに?」
「これが夢じゃないって証拠はどこ?」
「君とこうして話しているし」
「夢の中でも話せるよ」
「夢って、こんなにクリアに認識できるんかな?」
「それは起きた時の、忘却によるものかもしれないし」
「えー、でも、だとしたら、現実でも、夢の中でも、君とずっと一緒じゃん」
「嫌なの?」
「嫌じゃないよ。もちろん嫌じゃないよ。そんな怒んないでよ。もちろん嬉しいよ。でも、 今日の朝さ、俺目覚めたよ?」
「君の記憶がそう認識してるだけかもしれないし。あれ、前に言ったよね。君が望むなら、 いつでも私の頭の中に入れるって。それは私もそう、いつだって、君の頭の中に入れるし、夢だって入れる。ちなみに、これは、私の夢の中でもあるけどね」
「えっ?どういうこと?」
「えっ、そのまま。これは私の夢の中でもある」
「俺は?」
「君は君だよ」
「じゃなくて、俺はどこにいるの?」
「それは知らない。いいじゃん、現実でも夢でも。私は君と話してる時が一番楽しいかも」
「うーん。うーん。まぁ、とりあえずコーヒー飲もうか」
「うん!」

「記憶さえなければさ」
「うん」
「毎日新しい自分でいられるってことだよね」
「体験したことないけど、きっとそういうことなんだろうね」
「記憶ってなんなの?」
「わからないよ。俺、脳科学者じゃないし」
「そんなの知ってる。でも、あれか、記憶がなかったら、言葉も忘れちゃうから、こうやって会話のできないのか」
「まぁ、そういうことになるね」
「迷うなぁ」
「何が?」
「記憶を消すか否か」
「えっ、そんなさじ加減で決められるもんなの?」
「一旦、仮定で考えてみただけ」
「例えばさ」
「うん」
「例えば、記憶がモジュールみたいになってて、百貨店みたいなところに売ってたとしてたら、君は誰の記憶を買ってみる?」
「すごい質問だね」
「別に、変身願望があるわけじゃないんだけど、時間とともに不確かになっていく記憶を頼りに人って生きてるじゃん?いい思い出も、悪い思い出も含めて。それが、ある意味では、新しいことに挑戦する足枷にもなるわけ。でしょ?」
「うーん。そうかもね。やっぱり君は新しいことをやりたいの?」
「どうなんだろ。ま、それが新しいかどうかっていうのもよくわからないけど」
「前の古着の話みたいに?」
「前の古着の話?」
「覚えてない?駅の向こう側に新しい古着やができてって話」
「えっ、何の話してるの?」
「あれは、夢だったのか?」
「夢?」
「確かに君の言うように、僕らは曖昧な記憶の中を彷徨っているのかもしれない」
「どうしたの、急にかっこよさげな発言」
「何も証明できないって話。僕がこの現実にいるということも」
「ふーん」
「もう、自分自身の証明すらできない。君が僕で、僕が君。そういうこともありえる」
「ありえる。あ、今日、アリエルの映画でも観ようか」
「急にすごい展開だな」
「夢みたい?」
「そうだね」
「だったら、夢なんじゃん?私は、いつでもどこでもいけるし、何にでもなれる。君の頭の中にも入れるし。さっきモジュールの話したけど、モジュールなんて買わなくても、何だってできるんだから。まぁ、究極的には、もうアリエルの映画も見たことになる」
「どういうこと」
「さじ加減」
「操ってるってこと?」
「そんなことできるわけないじゃん」
「君、疲れてるんだよ。一回寝たほうがいいよ」
「そう、それなんだよ。なんか、ずっと寝ているような気もするし、ずっと起きているような気もする」
「へぇー」
「あ、もしかしたら、インセプションみたいに、夢のまた夢の中にいるのかもしれない」
「それ何?」
「ディカプリオの映画」
「見てない」
「そっか」
「君はさ」
「うん」
「君でいたいと思ってるってこと?」
「どういう意味?」
「そのままの意味。君でいたい?」
「それは変わることもできるってこと?」
「君、質問を質問で返す癖あるよね」
「そうかも」
「じゃあ質問を変えよう。君は君だと思ってる?」
「どんどんわかんなくなってきてるけど」
「もう一回聞くね。君は君だと思ってる?」
「全然わからない。僕は僕だと思ってるよ」
「そうなんだ。証明もできないのに?」
「君はどうなの?その、君は君だと思ってる?」
「どうだろ。そうだとも言えるし、そうでないとも言える。それは正しいとも言えるし間違っているとも言える。これは、君が嫌いじゃない表現。だよね?なにせ全ては融解はしてるんから」
「どういうこと?」
「そのままだよ。きっと、一度君は、その大事にしている何かを形骸化させた方がいいと思うんだよね。もっとその境目を滑らかにするというか。例えば、吸うとか吐くとか、着るとか脱ぐとか、触るとか触られるとか、向こうとかこっちとか、うどんとかそばとか、終わりとか始まりとか、生まれるとか死ぬとか、昨日とか今日とか明日とか、君とか私とか、夢とか現実とか」
「その先に何があるの?」
「それは私もわからないし、『何があるの?』という、思考を一回溶かしてみる必要はあるのかもしれない。で、駅の向こうに新しい古着屋さんできたの?」
「僕の、僕の?記憶の中では」
「じゃあ、今日はそこ行って、帰りにカフェに寄ってコーヒーを飲もう」
「うん」

「こないださ、君が言ってた話、確かに面白いなぁと思って」
「何の話?」
「全ては人間の目を通してしか、世界を見れないみたいな話」
「あー」
「だから、あれだよね。私が消えたら、全部なくなるみたいな。そこには、循環も何も無かったみたいな。もちろん君という存在も私が生み出した幻想」
「まぁね。それは寂しいけど、まぁ、そう考えられるよね」
「『それを超えた世界ってどうなってるんだろうね?』っていうのも、既に私の思考というフィルターが通っちゃってる」
「うん」
「だからね、最近思うの。死なずに人生を辞めたいなぁって」
「ん?どういうこと?」
「まあ、死があるかどうかは別として、もし仮にあったとして、死んだら、人生終わりじゃん?自分というフィルターのその先には辿りつけないわけだよね?だから、死なずして、私をやめるというか、人生をやめるというか、うーん、伝わる?」
「うーん。何となくね。たぶん君とは違った解釈をしている可能性は大いにあるけど。でも、 その方法は全く皆目見当もつかないな」
「それ。それなんだよね。全然わからない。たぶん一つ確かなことは、たぶん確かなことって、どっちだよって感じだけど、たぶん確かなことは、これは考えるという行為の延長線上にはないってこと」
「それはつまり?」
「体感みたいなものなのかな。言葉じゃ絶対に辿りつけないところ」
「なるほどね。まぁ、なるほどって言ってみたけど、俺は全然わかってない」
「俺もわかってない」
「えっ?」
「あれっ?」
「えっ、なに?どうしたの?」
「あれ、お前」
「なに?」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?っていうな」
「えっ?どういうこと?」
「お前は誰だよ」
「僕?」
「あれっ?」
「えっ?ん?」
「ほら、こないだ、言ってた」
「今俺に言ってる?」
「違うよ、君じゃないよ」
「えっ?わたしじゃないの?」
「いやいや、君で合ってる」
「いや違うよ」
「えっ?誰?」
「俺のこと?」
「そうだよ」
「わたしだよ」
「えっ、どういうこと?」
「今、ここに何人いるの?」
「何人でもいいよ」
「今しゃべってたの誰?」
「えっ、わたしだけど」
「あれっ、君は誰?」
「こないだの奴とは違うの?」
「こないだってなんのこと?」
「こないだ夢の中で突然会話に入ってきた奴いたじゃん」
「えっ、誰のこと?」
「今、わたしに話してる?」
「もしかして、君勘違いしてるかもしれないけど」
「ん?僕のこと?」
「これ、ちなみに」
「ちなみに」
「ちなみに?」
「君の夢の中ではないけどね」
「えっ?」

「最近さぁ」
「うん。どうしたの?」
「なんか、変な夢をよく見るんだよね」
「どんな?」
「あれ、これ、こないだ話したっけ。なんか急に君と僕の会話にやたらと入ってくるやるがいるんだよ」
「夢の中で?」
「そう。ん?あれは夢なのか?」
「どんな人なの。ってか、夢の中でも、私たちよく話してるの?」
「めっちゃ話してる。もう、ずっと君と一緒だよ。最近、夢と現実の境目がわからなくなってきちゃって」
「君、面白いよね。ちなみにこれは現実?」
「現実だと思っているけど、どう?正解?」
「秘密」
「秘密って何だよ」
「で、どんな人が、会話に入ってくるの?」
「いや、それがさ、物理的な身体がないの。なんというか、声だけが、そこにあるんだよ。 あれは、声なのかな?あれ、なんかすごい、この光景、デジャブ感あるな」
「で、その人とどんな会話したの?」
「いやそれがさ、最近は3人じゃなくて、4人ぐらいになってるんだよね。で、誰が誰だかわからないの。もう、すごい混乱してくる」
「変な夢だね」
「もう、見たくないよ、あの夢は」
「私って君の夢の中ではどんな感じなの?」
「現実の君と同じだよ。トゲのある花みたいな。かわいい顔して、ちょっと狂気があるというか。気軽に触ると怪我するみたいな。先に言っとくけど、そんな君が好きだし、これは誉め言葉」 
「ふーん。誉め言葉なら許そう。でも、誉め言葉って言えば何でも許されると思うなよ」
「こわいよこわい。ほんとに誉め言葉だから」
「わかった。でも、あれだよね、きっと、夢と現実の境界線なんて、実に曖昧なものなんだと思うよ。全部そう。境界線なんて、その場における解釈のために暫定的に引かれたもので あって、実際はそんな単純なものじゃない。白と黒、上と下、犬と猫、朝と夜、助さんと格さん、夏と冬、気体と液体、中と外、生と死、君と私、全部その境界線は曖昧なの。静かに溶け行く雪の様だし、それはマーブルの様だとも言える」
「なんか、途中変な例えがあったような気がするけど、まぁいいや。でも、君の言わんとすることはわかる気がするよ」
「だからね、目標なんていらない。そんなのただのエゴ。人生を全て自己満だと捉えれば、 すべてはエゴになるわけだけど。そんなの私たちがどうこう出来る話じゃない。いつだって無力なの。世界の前では私たちは無力なの。自然のシステムの前では私たちは無力なの。でしょ?」
「そうだね。抗えない」
「まぁ、でも、君、私には抗うけどね」
「えっ?抗ったことあった?」
「わかんないけど」
「わからないんか。でも、抗いとは違うかもしれないけど、確かに、君を一度殺したことはあったからね」
「えっ?」
「『えっ?』って、えっ?」
「私を殺したってどういうこと?」
「えっ、殺したことがある話、前したじゃん。君も記憶があるって、体温みたいのがあるっていってたじゃん」
「えっ?なんの話?私こうして生きてるじゃん。まぁ、死んでるかもしれないけど。でも、 とにかく殺されたことなんてない」
「えっ、嘘?」
「ほんと。え、もしかしたら、他の人とした会話じゃない?もしくは夢の中か」
「だとしたら、これは現実だよね?」
「秘密」
「だから秘密ってなんだよ」
「か、もしくは、実は、全部君の独り言だったとか」
「シャッターアイランドのテディ・ダニエルズみたいな?」
「それ何?」
「ディカプリオの映画」
「見てない」
「そっか」
「前に話した、自分の思考のフィルターを通してでしか、世界を見れないって話。だから、 これは、全部君の頭の中の映像に過ぎない。つまり全部独り言だよね」
「あれ、そのフィルターの話したのって、夢の中の君とじゃなかったけ?」
「君の夢の話は分からないよ。今日初めてした。と思う。自信ないけど。でも、そういうこともありえるかも。楽しいね」

「例えばさ」
「例えば?」
「君が私だったらどうする?」
「どうするって?」
「何する?」
「うーん。パッとは浮かばないかな。でも君のとおり生きてみたいとは思う」
「どういうこと?」
「君のように目覚めて、君のようにベッドの上で伸びをして、君のように目をこすって、君のように顔を洗って、君のように朝ごはんを食べて、君のように本を読んで、君のようにコーヒー飲んで、君のように映画を見て、君のように眠ってみたいかな」
「うーん。なんか、嬉しいような嬉しくないような。でも、きっとその『ように』というのがいいよね。真似事はできても、そのものになりきることはできない。それを阻むのは恐れだったり、勇気見たいなものなのかもしれないけど。なんか人間っぽい」
「君は?」
「何が?」
「君が僕だったらどうする?」
「あんま興味ないな。どっちでもいい。君とわたし。そこに境界線はないんだよ。全ては循環してるの。 きっと、家の前に咲いているタンポポだった時もあれば、キッチンにかかってるフライ返しだった時もあれば、このラジオから流れる音だった時もあれば、十五夜の月だった時もあれば、君が私だった時もあれば、私が君だった時もある。別に信じているわけじゃないけど、 きっとこれは仏教でいうところの輪廻転生であって、ニーチェでいうところの永劫回帰なのかな?」
「そうなんかな。わからないけど」
「だから、まぁ、ある意味では、この状態で君とこうして話をしているというのは奇跡とも言える。まぁ、こうして話している間にも、刻々と変化はしているわけだけど」
「うん」
「とするとあれか、二度と出会えないとも言えるし、何度でも出会えるとも言えるってことだよね。とりあえず、コーヒー飲もうか」
「そだね。準備するね。でさ」
「うん」
「なんか、最近自信ないんだよ」
「何が?」
「君といっぱい話をしてきたんだけど、色んな話ね。これ、本当に話してきたのかなぁって。 それが夢だったらまだいいけど、それすらもなかったのかなぁって」
「どうしたの、急に?昨日変な夢でも見た?」
「わからない。見たかもしれないし、見てないかもしれないし、今見てる途中かもしれないし、そもそも、何も存在しないのかもしれない」
「なんか、君、今日、変だね。気分転換がてらに、君の大好きなうどんでも食べに行く?」
「いいね。あれっ、てか、僕もうどん好きだけど、どちらかと言えば君が好きじゃなかったっけ?」
「えっ?もちろん私も好きだけど、うどん大好きなの君じゃん?」
「あれ、そうだったっけ」
「そうだよ。やっぱり面白いな、君は」

「そういえば、ずっと黙ってたんだけど」
「え、何を?」
「私さ」
「うん」
「実は、君を一度、殺したことがあるんだよね」
「ふーん」
「ふーんって、驚かないの?」
「いや、別に驚いてあげてもいいけど、そんな偽りの驚きほしい?ほしいならあげるよ。でも、その代わりジュース奢って」
「じゃあいいや」
「え、なに、もしかして、もっと、俺が驚くと思ってた?」
「そうだね。少なくとも、私の頭の中であのセリフが生成されて、そこから口に出るまでの間は」
「ふーん。君って面白いよね。ちなみに、そのセリフは君の頭の中で生成されたの?」
「私はそう思ってるかも。いや、違うんかな。実際さ、よくわかんないんだよ。脳とか心とか。腸で考えているとかいう人もいるでしょ。君はそれについてどう思う?」
「うーん、俺もよくわからない。思考って何なんだろうね。この世界を見るための、フィルターみたいなものかな。あれ、君、今まで僕を『君』って呼んだことあったっけ?」
「いや、わからない。あったようななかったような。確かに新鮮な気分もあるけど、あれ?やっぱり名前がいい?」
「いや、どっちでもいい。名前なんて便宜上なものでしょ。便宜上。あれ、なんか便宜上っていう単語にすごい便宜を感じ始めたんだけど」
「そっかあ。ちなみに、今日、お昼はどうする?」
「毎日やってくるよね。お昼って」
「たぶんね」
「それで、いちいちお腹すくしな」
「まぁね」
「いいんだけど、いいんだけど、なんか、もっと便利に作ってくれてもよかったよね。人類を。あ、哺乳類を。あ、他の生物も」
「神がってこと?」
「え?生物って神がつくったの?」
「え、そうじゃないの?」
「へー、そうだったんだ。でも、あれか、意外と、最大に便利にした最終形が、この世界の在り方って考え方もあるのかな。人類って、なんか、よくわからないけど、必死に便利になろうとしているじゃん。便利の定義もわからずに。幸福の定義も決めないままに。だから、 便利さを求めているつもりが、実は不便利、あれ便利の反対って、不便利で合ってる?まあ、いいや。あれ、何の話してたっけ。あ、そうそう、人類は実は不便利に向かっているって話。 そう、人類は自ら、不完全になろうとしているような気がするんだよ。それって、すごく滑稽じゃない?こないださ、一緒に、森に行ったじゃん?あれは、先月か。あの時、別に大したことじゃないから話さなかったんだけど、なんかすごい木々が笑ってた。僕たち見て。いや、基本は優しいんだけどね、あの子たち。でも、馬鹿だなぁって感じで見てたんだよ」
「へー、そうだったの。私は全然感じなかったけどね。言ってくれればよかったのに。君は、 あれなんだね、木々のこと、『あの子たち』って言ってるんだね」
「別に、僕たちの間に上下関係があるわけじゃないよ。もちろん君と僕の間にも。でもなんだろ、単純にかわいいんだよね。『子』って言いたくなっちゃう。でも、あれか、母なる大地っていうし、全然上の存在なのかな。だとしたら、俺、相当失礼じゃん。ちなみにだけど、また、君は僕のこと『君』って言ってたよ」
「え、そうだった?無意識かも。あれかな、意外と今までも言ってたのかな。もしかしたら、 これからも言っちゃうかもしれないし、もう君って呼びたくもなってきてる感もあるから、 もう許して。ああ、で、話戻るけど、木々に君の気持ちは伝わってると思うよ。まぁ、保証は出来ないけど」
「いや、俺、相当失礼だよ。次回以降気を付けよ。もし、なんか、自然に対して、上から目線的な発言してたら、注意して」
「まじめか」
「これを、まじめまじめじゃないって議論にすり替えちゃう感じが、実に君らしくて、憎らしくて、好きだな」
「それ、褒めてる?」
「褒めてるってことにしたら、何か出る?」
「うーん、したら今日のお昼おご…」
「褒めてる」
「え、そんな食い気味で言うもん?」
「言うもん」
「で、お昼何にしようか?」
「最高級の焼肉」
「はい、だめー」
「じゃあ、うどん。天ぷらの盛り合わせも付けて」
「ほんとにうどん好きだね。まあいっか。お腹すいたしね。準備して行こ。あの子も連れて」
「おけ。あのさ」
「なに?」
「すごく不思議な感覚があるんだけど」
「うん」
「この風景」
「うん」
「いつかどこかで見たことあるような気がするんだよね」


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