雨粒の住人
仕事帰りに雨が降ってきた。
傘は持っていなかった。
天気予報が当たったのか外れたのかは僕は知らない。
頭の上に、
スーツの方の上に、
歩みを進める膝の上に、
地面を蹴る靴の上に、
背中に背負ったリュックの上に、
雨は落ちる。
成す術もなく僕は、一滴、また一滴と濡れていく。
もしこれが、不快だとするならば、それは空のせいなのか、僕のせいなのか。
次の瞬間、眼鏡のレンズに雨粒が付いた。
その水滴を、ただ眺めていた。
じっと眺めていると、その水滴の中に情景が浮かんだ。
一体こいつは誰なんだろう。
いかにもひょうきんな奴が透明な箱の中でおもしろおかしく踊っている。
笑い声も聞こえてくる。
こいつ一人じゃない。
ざっと数えても観客らしき人が10人はいる。
ひょうきんなやつは、これでもかと、いろんな表情を披露している。
よく、こんな一つの顔で、それだけの表現ができるなと思う。
見ている人もよく、こんなひょうきんな顔をまじまじと見てられるなと思う。
一体何が面白いのだろう。
どん。
「どこ見てんだよ」
「あ、すいません」
焦点をレンズの水滴に合わせていたものだから、前から来ていた人に気がつかなかった。
家に着いて、風呂場に行きバスタオルをとる。
あんまり意味ないとは思うけど、濡れたスーツを一応拭いた。
頭を乾かそうと思い、洗面所の前に立った時、鏡の中の自分と目が合った。
溜息なのか深呼吸なのかわからないような一息をついた。
ドライヤーを手にし、もう片方の手で、濡れた髪をバサバサと払った。
ふと前を見ると、鏡には、髪から飛んだ水滴が付いていた。
僕は、その水滴を眺めていた。
すると、その水滴の中に、さっきのひょうきんな奴がいた。
相変わらず、戯けてみせている。
全く呆れたもんだ。
次の瞬間、突然、奴は僕の顔をじっとみつめ、そして、笑い始めた。
「まぁ、そのつまらなそうにしてるお前の表情が一番滑稽だけどな。ははは」
僕は思わず、鏡にドライヤーを当てて、水滴を飛ばした。
鏡に映る僕はまるで銃を構えた愉快犯のようだった。
見ていただけたことが、何よりも嬉しいです!