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こんなことがあってね、

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こんなことがあったので聞いてください。
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ごめんなさい、許さない、

 そういえば母にカミングアウトをした。ぼくは男のひとが好きだから彼女とか結婚とか一生ないよ、ごめんね。話すたびに彼女は結婚はとしつこいのがばからしく感じて、心の内を話したというよりかはどちらかというと意地悪なカミングアウトだった。絶望すればいいと思った、というよりも、母は再婚して母たちの人生を幸せに送ってるんだから、ぼくがどんな性質をもっていたって正直どっちでもいいだろう、絶望すらしないだろうと思った。  子どもの頃、ホモは気持ち悪いと母に何度も言われた。ぼくに向けて言ったわ

不完全な未熟な

 みなさんは好きな季節ってありますか。  ぼくは一番夏が好きで、その次に秋、冬が好きです。夏の終わり、鈴虫が鳴きはじめてしばらくしたあの日、窓をあけて寝ようとすると肌寒く感じるあの時間帯がいちばん好きです。  最近仕事でしか文章を書いてなくて、書いていて心地のいい文章というものからだいぶ離れていました。リハビリです。  ぼくのセクシャリティは、男のひとが精神的にも性的にも好きで、女のひとは精神的に好きになることはあるけど性的にはなにも感じない、セックスはできるけどしたいと

お母さんとぼくの話

 母が再婚した。  父はぼくが物心つく前に他界していて、母はぼくのことを女手一つで育ててくれた。ぼくが小さい頃から恋人の絶えない女性であったが、心のどこかにはずっと父がいるようだった。どうして私をおいていったのと、缶ビールを片手に泣いている母の後ろ姿を、あの震える声を、ぼくはいつまでも忘れられない。どうして私をおいていったの、込められた思いは問いかけじゃなく、責めるわけでもなく、手も声も届かないことがただただ悲しい気持ちと、そんなこととっくにわかっているという諦めのように感じ

愛したひと、愛された日々

 ぼくは写真を撮るのが好きです。特にひとを撮るのが好きで、六年前にカメラを買ったきっかけも、友人や恋人との時間を思い出として切り取るためです。  写真ってすごくて、撮ったそのときの思い出が鮮明にその一枚に残るんです。これ撮ったときって確か直前に大笑いしてたよね、とか、このあと食べたたいやきめちゃめちゃおいしかったよね、とか、そのときの気持ちをそのまま残す気がしています。  当然のように前の彼の写真もたくさん撮りました。というのは嘘で、彼の写真はあまりありませんでした。お金が

それはきれいごとであり、

「生涯の相手と幸せになるのに、ゲイとかそういうの、関係ないよ」  金色の大きいフープピアスが揺れる。男女でも恋愛が上手に進まないことはあるし、結婚という制度がとれているからといって幸せっていうわけでもない、子供が欲しければ養子をとればいい。結局はその二人の問題だよ、ていうかいつもあなたがそう言ってるじゃないと、その女は白い歯でにかりと笑い、マグカップをテーブルにおいた。白い肌と大きな口に、赤い紅が映えている。  うるさい、そんなのきれいごとだ。すぐにそうは思えなかった。生涯

東京に行っても、ずっと

「東京に行っても、ずっと仲良くしてください」  名古屋駅の改札前、きれながの一重に涙を浮かべ、か細く低い声をふりしぼって、初恋のそのひとは声をふるわせた。東京に行っても、ずっと仲良くしてください。じぶんの気持ちを滅多に表現しない、もしくはじぶんの気持ちを表現するのが苦手な彼が、人前で泣いているのをぼくは初めて見た。ぼくが東京の本社に異動になり、名古屋支店に出社する最後の日のことだった。  初恋くんは会社のひとつ下の後輩で、ぼくとは正反対の人間だった。いぶし銀という言葉がよく