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02 入院する父、興奮する母。

「いたーい!」けど病院に行きたくない

想像以上にちゃんとヤバい感がある父の状態に驚いたわたしは、床に横たわって動かない父に近寄り、大きい声で「おじじ、どうしちゃったの?痛い?」と聞きました。すると父はわずかに(ううん)と首を横に振りました。意識はあるようです。

身体を触って確かめようとすると「いたーい!」と悲鳴を上げて顔を大きくゆがめます。目はあかず、よく見ると失禁もしています。

これは自宅でどうこうする事態ではない。
母の言葉を信じなくてよかったと思いつつ、すぐかかりつけの訪問看護の吉村さんに連絡を入れました。救急車を呼ぶ前に、普段の父の体調をもっともよく知る人にアドバイスをもらおうと考えたからです。

「分かりました。たまたま近くにいるので、今から行けます」

彼のハッキリとした言葉に、溺れかけているときにデカい浮き輪をつかんだような強烈な安心感を覚えました。
ああ、助かった。病院に連れていく前に、身内と同じ目線で父のことを考えてくれる医療関係者が、現場に来てくれる。「救命」って本人だけじゃなくて家族のことも助けるんだわ……

吉村さんは到着後すぐ、倒れた状況と症状から圧迫骨折の可能性があると見立て、慣れた様子で救急車の手配を進めました。その後は身体の下にゴミ袋を敷き、尿まみれの場所から滑らせるように移動させ、身体を綺麗に拭いて清潔なパジャマに着替えさせてくれました。

わたしも手伝いましたが、必要のない手出しをしてしまうことが何度かあり、(つ、、使えない、、、)と自分の無能さを確認するばかりでした。

ちょっと動かすと「いたーい!」と叫ぶわりに、吉村さんが「ショウゾウさん、今救急車を呼びましたよ」と呼びかけると「いかない」「このままでいい」と突っぱねる父。救急車に乗ったが最後、大好きな自宅を長く離れることになると察してのことでしょう。

自宅というか、愛用しているラウンジチェアから離れたくないんだろうな。なんなら父のお尻から生えてたんじゃないかというコレ。

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痛い、と、行かない、を繰り返す父に、吉村さんはめげずに「ごめんなさいショウゾウさん!救急車を呼んでしまいました。行きたくないですよね、ごめんなさい。でも行きましょう!」と悪くもないのに謝り、伝え続けてくれました。

もしわたしだけが対応していたら「この期に及んで何言ってんの?病院行かないっていう選択肢はないの。ここじゃ死んじゃうよ!」と脅してムダに修羅場感を生み出していたでしょう。

深夜の緊急入院

救急車で運ばれた病院では、ほんとうに長く待たされました。父よりも大変そうな急患も多く、トリアージで後回しにされちゃったかなとも思っていました。

ところが事情は違いました。深夜、深刻な顔をして出てきた医師から「検査したところ、圧迫骨折と大動脈解離でした。ご本人は普通にお話するのでそう見えないかもしれませんが、危険な状態です。ICUに入ります」と告げられました。

入院後はコロナで面会禁止になるため、ICUに入る前に一目会わせてもらったら、父は不本意に連れてこられた軽症者といった風情で寝かされされていました。

たしかに、普通でした。
痛がってもいませんでした。

「もう帰らないと、寝る時間だよ。早く帰って寝なさいよ。こっちはいいから、早く」と、普段寝つきの悪い母の心配ばかりしていました。その姿は、30年も40年も50年もしてきた母へのふるまいそのものでした。

立つことさえできればこのまま連れて帰っても問題ないんじゃないかと思える普通さでした。

「お腹すいちゃったね!」じゃないよ


母とわたしが病院を出たのは、午前2時をまわった頃でした。
「こんな遅くなっちゃって。知ってる?おじじが倒れちゃったのよ、うちの前で。あの人足が弱いじゃない?それで転んだのよ。もう本当に大変」
母は、わたしが何も知らないマンだという想定で話しかけてきます。

「疲れたでしょ。大丈夫?」
「大丈夫よ、疲れただなんて言ってられないわよ」
「夕飯も食べてないけどお腹空いた?」
「うん、お腹空いちゃった!なんか食べよっか。一緒に食べよ。コンビニいこ!」

それで、帰り道コンビニに寄りました。
母はトマトパスタ。わたしは何も食べたくなかったけれど付き合いでおにぎり1個買いました。

母は、父が入院したという事実よりも、こんな深夜までわたしと一緒に行動していることに興奮していました。てかちょっと嬉しそうだった。

・・・

家に帰ると3時近くになっていました。
「こんな遅くなっちゃったね。お腹空いちゃったね!みおりちゃん、一緒に食べよ」
そう母に言われた途端、わたしは無性にイラッとしました。

なんで食欲あるの?と。
こっちは心配や、考えなければならないことが大渋滞なのに。

大動脈解離ってなに?どれくらい危険なの?これから何をどう準備すればいいの?父は苦しいんだろうか?辛いんだろうか?1人になった母をどうしようか?明日からどうなるんだろうか?

解のない問いがどんどん押し寄せてきてご飯粒1つも入らない。なのに母はまるでイベントの打ち上げのようなテンションで、お腹が空いたと何度もほざく。認知症ってほんっと気楽でいいねえ!

「悪いけど、家のことほっぽってきちゃったから帰るわ。パスタあったかいうちに食べてね。また来るね」と言い、わたしはおにぎりをポケットにしまいました。

トマトパスタを前に茫然と座り、うつろな眼差しでこっちを見ている母に目をやり、やっぱり泊まってあげるべきかと一瞬思ったけれど、思っただけ。あと、一緒に食べよ、とあどけない口調で言った母がちょっとかわいいなと思ったけど、思っただけ。
感情のやりとりを極力しないように、一方的に「おやすみ」と告げて実家を出ました。

母の返事は、ありませんでした。

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