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知性の起源:マイケル・レビンの生物学からの視点

米国の生物学者マイケル・レビン教授の発生生物学(*)研究と知性に関する理論を紹介したい。以下はレビン教授が一般聴衆向けに行った講演やインタビューの動画/ポッドキャストの内容を中心に私なりの理解でまとめたものである(参考にした動画・ポッドキャスト、論文のリンクは文末)。  
     *受精卵から成熟した個体になるまでの個体発生を研究する分野
 
レビンは、生物が脳だけでなく、細胞・組織・器官のレベルでも様々な問題解決の能力を持つことを示す驚くべき研究成果を次々と発表している。さらに、その知見をベースにして、知性の起源と成立ちについて、ユニークで説得力のある理論を展開している。レビンの仮説は、ある種トップダウンの目的論を認める考え方であり、すべての進化的現象を、ボトムアップの遺伝的メカニズムのみによって説明しようとするネオダーウィニズムとは明確に異なる方向性を提示している。レビンの研究は、再生医療や癌の抑制などにおいて画期的な進歩をもたらす大きな可能性を持っている。その知性・認識に関する仮説は、心身問題や世界の成立ちといった哲学の問題にも通じる深遠な意味を持っているように私には思える。

1.  細胞・組織・器官のレベルでの知性

レビンは、知性を「一定の目標に異なった方法で到達する能力」と定義する(これはウイリアム・ジェームズの「心理学の根本問題」からとった表現とのこと)。何らかの障害によって、通常のやり方で目標を達成できない場合でも、新奇な方法で問題を解決する能力(Competency)を知性に中心的なものとして見ている。
 
動物が脳神経ネットワークに基づく知性によって、世界の中を動き回り様々な問題を解決していることは、私たちにとってなじみ深い。しかし、生物が、細胞、生体組織、器官のレベルでも、異なった種類の問題を解決する能力を持っていることは、あまり知られていない。生物は、細胞のレベルでは生化学的な信号を使って代謝・生理学的な問題に、組織・器官のレベルでは生体電気信号を使って形態形成上の問題に対応して解決する知性を発揮している。
 
レビンのチームおよびその研究パートナーたちは、組織・器官レベルでの形態発生における生体電気(Bioelectricity)が果たす役割について、近年、驚くべき研究成果を発表してきた。

生体電気ネットワークの役割
細胞膜にはカリウムなど電位を持つ原子を通過させるイオンチャネルと呼ばれる経路があり、細胞に電気信号を発生させことができる。また細胞と細胞の間には、ギャップ結合と呼ばれる連絡路があり、電気信号を伝播させることができる。神経ネットワークとは別に生体電気信号ネットワークが存在することは早くから知られていたが、分子生物学中心の学界において、その研究の進みは遅く、その理解が進んだのは、比較的最近のことである。一般に、生物の形態形成(組織、器官、生物全体の形、サイズ、配置の決定)は、ゲノムですべて決定されていると考えられてきたが、レビン教授たちの研究で、そこでは、生体電気が極めて大きな役割を果たしていることが明らかになってきた。

DNAが形態生成のすべてを決めるわけではない
レビンたちのチームは、イオンチャネルを操作することによって、眼を生成する電気信号パターンをオタマジャクシの本来の眼が出来る場所ではないところ(内臓部分)に発生させることで、実際に視覚を持つ眼を作ることに成功した。DNAは細胞を構成するプロテイン(いわばハードウエア)生成の手順を指示しているが、組織・器官の形態生成プロセスのかなりの部分が生体電気パターン(いわばソフトウエア)によって決まっている。

生体電気は未知の問題に対応する能力を持つ
オタマジャクシとカエルでは顔つきはかなり違う。オタマジャクシからカエルへの成長過程で、眼、顎、鼻は大きく移動する。レビン教授たちのもう一つの実験では、電気信号パターンを操作し、ピカソの絵のように眼、顎、鼻の穴の位置がずれた顔をしたオタマジャクシを作った(遺伝子は全く操作していない)。ところが、このピカソ顔のオタマジャクシは、成長すると普通の顔のカエルになった。その過程で、眼、口、鼻は、通常とは異なる経路で移動し、行きすぎて戻るなど試行錯誤した後、正しい位置に移動した。これは、生体電気ネットワークが、正しい顔のパーツの配置を覚えており、形態生成の過程で生じた未知の課題に対応できる知性を持つことを意味する。
 

カエルの顔の修正

イモリの肝臓を輪切りにすると、その輪は通常8個くらいの細胞が連結して構成されている。遺伝物質を足すことでこの細胞のサイズを大きくすることができる。そうすると、このイモリは、肝臓の大きさを変えることなく、少ない数の細胞でチューブを作り、問題なく生存できた。さらに細胞を大きくすると、最後には一つの細胞を折り曲げてチューブを作るようになる。これは、普段の細胞間の連携とは全く異なる分子メカニズムが発動されてチューブが作られたことを意味する。細胞サイズが変わるという混乱が起きても、一定サイズのチューブ作るという目的を全く異なった方法で達成するという知性を発揮したといえる。  

イモリの肝臓のチューブ

プラナリアは記憶・反事実仮想を保持できる
プラナリアは川や池といった淡水に住む、平たい形状の生物で、一見ヒルのように見えるが、ちゃんと脳、二つの眼、消化管を備えている。イモリやミミズを凌駕する高い再生能力を持っており、体をいくつに切り刻んでも死なず、すべての断片が一週間ほどで完全な個体へと再生する(275切れにされても再生するそうだ)。トレーニングによって プラナリアにエサがある環境を記憶させることができる。驚くべきことに、半分に切断後、尻尾から新たな脳を持つ頭部を再生したプラナリアでも、かつてのトレーニングを“覚えている”のだという。 

プラナリア

レビンたちは、プラナリアの頭と尻尾をつくる生体電気パターンを解明し、それを操作することで、切断後の再生時に2つの頭を体の両端に持つプラナリアを作ることに成功した。この双頭プラナリアは、その後も再生時に双頭プラナリアを作り続ける。これは形態生成に関して安定的な記憶を保持していることを示している。電気パターンをリプログラムすれば記憶の書き換えが可能で、1つの頭のプラナリアに戻すこともできる。ここで、注目すべきことは、2つの頭を作る生体電気パターンを挿入したプラナリアは、切断されるまでは1つの頭のプラナリアとして生き続けるということ、つまり、将来、切断された時に双頭になるという、今現在の形態とは異なるパターンを記憶しているということである。これは、認知発達に必要な原初的な反事実仮想といえる。 

2つの頭をもつプラナリア

Xenobot
レビン達は、アフリカツメガエル(学名Xenopus Laevis)の胚から皮膚細胞だけを削り取り取り出し、この細胞の固まりシャーレで成長させられるかを観察した。48時間ほどの間に細胞同士は合体して球形の固まりとなり、本来はオタマジャクシの皮膚に粘液を行き渡らせる役割を持つ繊毛を使って自由に動きまわる新たな多細胞生物になった(Xenopusから作られた生体ロボットという意味でXenobotと名付けられた)。通常は、カエルの胚の環境では皮膚となる細胞が、周りの細胞からの制約から解き放たれ、全く異なる特徴示す生物となった訳である。驚くべきことに、シャーシに追加の皮膚細胞を入れておくとXenobotは、これらの材料を動き回ってまとめ上げ、次世代のXenobotを作り出す。このように、運動によって増殖する生物は自然界では見当たらない。進化の歴史がなくても、新たな何らかの目的を持つかのように行動する生物が生まれた訳である。
https://wyss.harvard.edu/news/team-builds-first-living-robots-that-can-reproduce/
 

2. マルチスケール・コンピテンシー・アーキテクチャー                 (Multi-Scale Competency Architecture)

生物世界が、分子ネットワーク、細胞、器官、生物、集団という具合に階層構造になっていることは自明だが、レビンは、これは単に構造的な階層であるだけでなく、各レイヤーや部分がそれぞれの文脈での問題解決能力(コンピテンシー)を持つ、入れ子状(*)の階層構造になっているという。この階層構造をMulti-Scale Competency Architecture(MCA)と呼んでいる。この概念は、いくつかの重要な意味をもつ。
*細胞・組織・器官レベルの活動を制御する非神経的な生体電気ネットワークと個体レベルの活動を制御する神経ネットワークは機能的に同型であり、コンピテンシーはマトリーショカ人形のように入れ子状になっている 

Mullti-Scale Comptency Architecture

自己とは何か? 癌とは何か?
すべての知性は集合的知性である。レビンは、知性を持つ主体(セルフ)を目標指向の活動という視点から定義することを提案する。単細胞生物はそれ自体で糖分の多い方に向かうなど目標指向の活動を示すが、多細胞生物は、上述したように細胞間で生体電気のネットワークを構築することでより大きなスケールの目標を目指すことができるようになる。細胞同士がギャップ結合を通して情報を共有すると、その情報が誰のものか、その記憶がどちらの記憶か分からなる。こうして、主体の境界は部分的に溶けて一つのセルフとなる。

癌は何らかの原因で、細胞間のコミュニケーションが阻害され、周りの生体組織から孤立した状態、いわばセルフの境界が縮小した状態である。孤立した癌細胞は、多細胞生物になる前の単細胞生物としての過去に先祖返りして、自分だけの増殖を目的として行動する。癌細胞にとって、周りの細胞は外部環境にすぎなくなる。レビンたちは、生体電気信号を用いて周りの細胞との連携を強制的に保つことによって癌遺伝子の発現を抑える実験に成功している。 

進化論への含意
組織・器官レベルでの問題対応能力によって、ピカソ顔のオタマジャクシが普通の顔のカエルに育つように、各レイヤーがモジュラーなコンピテンシーを持つことは、進化論に関する大きな意味を持つ。ある突然変異が生存競争に大変有利な特徴を有する一方で、口が顔の横につくような生存にとって大問題な変化をもたらすとする。すべてが遺伝子で最終決定されて対応能力がなければ、このような個体はすぐに餓死してしまい自然選択の対象にならない。これでは、進化は極めてゆっくりにしか進まない。しかし、口の位置が修正可能であれば、このような突然変異でも活かされることになり進化はより速く進む。

もう一つ重要なことがある。自然選択からは、その対象になる変化が、遺伝子によるものか、コンピテンシーによるものかは見えない。このことは、進化の力は、遺伝子ではなく、より優れたコンピテンシーを選択する方向にシフトするであろうことを意味する。レビンは、このことをコンピュータ業界にいた私にはなじみ深い記憶装置のRAIDアーキテクチャーに例えている。磁気記憶装置では、システムとしての信頼性を高めるために、ディスク個体が故障してもデータ修復が可能で運用を止めないアルゴリズムを発達させた。これによってハードウエアの信頼性の重要性は低くなり、安価なディスクドライブを使用することができるようになった。
 
知性の地平 ―目標の時空間的な境界の拡がり
単純な生物は現在の間近な環境に関することについての目的しか持てない。より複雑な生物は時間的、空間的に距離があることについての目標を持つことができる。ノミが関知し行動できるのは自分の周りのわずかな範囲であり、記憶も予測能力もほとんどない。犬は行動範囲も広く相当な記憶を持てるが、将来を計画する能力は限られており、例えば、隣の町で2週間後に起ることに関心を持つことはできないだろう。人間は、世界平和や宇宙の始まりや終わりなど自分の人生を遙かに超えることについて考え、目標を持つことができるユニークな動物である。魚は、生存という最も基本的な目標を大抵達成できる:魚の未来を認識する能力は限られているので、その短い時間を生き残れる可能性は高い。しかし、人間は自分が思い描ける長大な時間スパンを生き続けることを望めない。このために、人間は生存以外の「人間的」な目標を設定することになったのだろう。 

認知の光円錐


コンピテンシーのレイヤー間の関係

MCA概念において、各レイヤーは、異なる空間でのコンピテンシーを発揮している(細胞のレイヤーでは代謝・生理学的な空間での問題、生体組織・器官レイヤーでは解剖学的な形態発生の空間での問題、個体レイヤーでは三次元空間の問題、グループのレイヤーでは生態学の空間での問題といった具合に)。下位レイヤーの主体が問題に上手く対応できるのであれば、上位レイヤーは下位レイヤーをマイクロマネージする必要はない(私たちは、細胞での代謝作用や皮膚の傷の回復などを気にする必要はない)。しかし、上位のレイヤーは報酬や罰を通して下位レイヤーのオプション空間を歪めることはできる。下位レイヤーが上位レイヤーの存在や意図を知ることは難しいかも知れない。あなたが、ニューロンだとすると、あなたは自分が脳の一部であることを知らず自由に発火していると思うかも知れない。しかし、自分以外に知性の主体がいないと断定するのは危険かも知れない。あなたは自由に空間を探索して学習していると思っているが、実は上位レイヤーの主体にトレーニングされているのかも知れない。 

3.     最低限の認識、目標はどこからくるのか?

大人が高度な認識能力を持つことは確かだが、幼児、胎児、受精卵、受精前の卵細胞と個体発生のプロセスを遡っても、どこで認識が生じたのか確かなラインは見いだせない(ある時点で相転移が起きている事実は観察されない)。このことは、進化の歴史の系統発生のプロセスでも同様である。

レビンは、宇宙における認識のスケールの下端に、真のゼロは存在しないのではないかという。最低限の認識の基準を、(1)行動がすべてローカルな外部要因によって決定されていないこと、(2)何らかの目標指向性を持つことの2つだとすると、素粒子でさえ認識能力はゼロとは言えない:量子的な非決定性は、最低限の自由意志のようなものの存在を示しているし、最小作用の原理(光線は目的地まで最短時間で到達できる進路を選ぶ)はある種の目的指向性を示唆している。
 
目標はどこから来るのか? 一つの答えは進化である。進化によってある種の目標を持った生物のみが生き残るという説明だが、これはあまり満足のいく答えとは言えない。上記のXenobotは進化の背景を持たないにもかかわらず、目標指向的な行動をとる。レビンは、ある種の目的は進化の過程で生まれたものではなく、宇宙に最初から存在するのではないかという可能性を示唆する。細胞が備えるイオンチャネルとギャップ結合の組み合わせは、トランジスターと同じ機能を果たす。ここから、論理回路を形成することは容易だが、そうすると、ただちに真偽を判定する論理演算の仕組み(真理表)を「タダで」手に入れられたことになる。生物が、細胞のハードウエアの仕組みを一旦進化させると、プラトン的世界に最初から存在する数学的真理にアクセスすることができるようになったのではないか。
 
生物がアクセスできるそのような真理や法則は、既に、何か目的や意図のような性質を持っている可能性はあるだろうか? レビンは、物理法則と認知機能の間の不変性を探る物理学者クリス・フィールドや脳神経科学者カール・フリストンの研究に注目している。能動的推論(Active Inference)のフレームワークや自由エネルギー最小化の原理(Free Energy Principle)は、物理的世界に既に驚きの最小化や期待などの要素が存在していることを示している。
 
レビンは自分の理論は実証的な研究が可能な認識・知性に関するもので、一人称の意識について説明するものではないと言っている。ただし、意識が脳によって引き起こされるとすると、脳神経と細胞の非神経系の電気ネットワークの機能の違いがほとんどないことから、目標指向性を持つ細胞、生体組織、器官も原初的な意識を持つと仮定することは自然であろうと述べている。このことは、ある種の汎心論に根拠を与えるものかも知れない(汎心論の課題である組み合わせ問題の解決にもなりえる)。



レビン教授はMorphoceuticals Inc.(再生医療薬の開発)やFauna Systems(Xenobotの商用化)という2つのスタートアップの共同創業者となっており、その研究は、再生医療、癌治療などでの具体的な成果や、人工生物やAIの進歩に重要な貢献をもたらすことが期待される。この記事で概観した認知や知性の起源や成立ちに関する理論についても、意欲的に発展させており、能動的推論や自由エネルギー原理を取り入れた理論についてクリス・フィールド、カール・フリストンら中心的な研究者との共同論も出している。私に歯が立つかどうか疑問だが、こうした新たな展開についても勉強して、別の機会に紹介できればと考えている。


講演:
Royal Society of Biology講演
https://www.youtube.com/watch?v=CVr1OkDqnmo
 
Society for Multidisciplinary and Fundamental Research(SEMF)講演
https://www.youtube.com/watch?v=jLiHLDrOTW8&t=1796s
 
インタビュー:
Michael Levin on the foundations of cognition | Thing in itself w/ Ashar Khan
https://www.youtube.com/watch?v=C96Hq8kDORU
 
Individual and Collective Intelligence: From Molecules to Human Society with Dr. Michael Levin
https://soundcloud.com/drtonynader/individual-and-collective-intelligence-from-molecules-to-human-society-with-dr-michael-levin
 
論文:
The Computational Boundary of a “Self”: Developmental Bioelectricity Drives Multicellularity and Scale-Free Cognition
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2019.02688/full
 
レビン研究室ホームページ:
https://drmichaellevin.org/

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