見出し画像

先使用権と弁理士について

40代弁理士の石川です。今日は、先使用権と弁理士をテーマに書きたいと思います。

先使用権は、弁理士試験の一大論点ですが、実際に弁理士になってからはこれについてあまり触れることはありません。私個人としては、あえて顧客との関係でも積極的に触れるべきではないと考えています。なぜでしょうか?

1.先使用権の定義と特許制度の根幹について

特許法上の先使用権の定義についてまず確認します。

先使用権は、特許権者の発明と同一内容を、その特許出願前から、いわゆる善意で実施している者(先使用者)に対し、一定の条件のもとで与えられる実施権です(特許法79条、特許法概説、吉藤)。

この定義からお分かりいただけるように、先使用権は、本来的に、特許権者からの攻撃に対する防御に用いられるものです。

一方、現代の多くの先進国で認められている特許制度は、特許権の上に特許権を積み上げていくことで、技術が累積的に進歩するという建前をとっています。制度の上でもどんどん特許出願をしていこうじゃないか、という作りになっています。

特許制度自体が、企業又は個人が攻勢(特許権を持つ側)に回ることを推奨しているのです。

したがって、特許出願を推奨するという制度設計上、特許出願をどんどん出せる企業は強者となり、出せない企業は追い詰められて守勢(弱者)に回るということになります。

そのような関係になっていますから、持たざる企業というのは、どうしても不利になってしまいます。そこで、苦肉の策として、特許権者と先使用者との公平の観点から認められているのが、先使用権です。

先使用権は、持たざる者(弱者)に認められた対抗手段なのです。

一方、弁理士は、クライアント企業の成長を第一に考えます。クライアントがライバルとの関係で弱者になることを望んではいません。先使用権に頼らなくてもいいように、知財取得を含めた戦略を考えていくのが弁理士の最も重要な役割です。

よって、先使用権を確保するなどという後ろ向きな考えを弁理士が採ることはなく、弁理士は、クライアントが有力な特許権等を多く持つことで、ライバルよりも先手を取れることを第一に考えるのです。

2.従業員のマインドへの悪影響

私個人的な感覚としても、普段から行っている出願・権利化は、未来に向けて権利を創設するというポジティブなイメージであるのに対して、先使用権というものはどうしても後ろ向きで、守勢に立たされているようなネガティブなイメージを持ちます。

つまり、成長している企業は、良いアイデアが生まれて、自然と良い特許をどんどん出願していくことができるのに対して、停滞している企業は、特許を出すことができず、仕方なく先使用権などの防御を考えるように思えるのです。

これは、企業内にいる社員に対してもネガティブなマインドを生じさせることになります。巨大なライバル企業からの特許権による圧力にさらされている企業の担当者は、どうしても萎縮しがちになると思います。ジャイアンから襟首をつかまれている、のび太のような気持ちになると思います。

したがって、特許などを出願せずに、先使用権などに頼る戦略をとることは、従業員のマインドにも少なからず悪影響を与えることになると思います。このため、従業員のマインドを悪化させる点でも、先使用権に頼ることは望ましくないと思います。

3.コスト的にもすぐれているとはいえないこと

特許を出さないということは、出願費用がかからないのですから、一時的に、企業の収益を改善するかもしれません。

しかしながら、そのような考え方は、あまりにも短絡的な考えと言わざるを得ません。

ライバルが特許出願を続けた場合には、自社とライバルとの間に、特許保有件数に差を生じて、ライバルが強者となり、自社が弱者となってしまいます。したがって、新製品の開発にも、ライバルの特許を回避するために余計な費用が発生することになります。

よって、特許出願をしないことがコスト的に優れているとは必ずしもいえません。

また、先使用権を主張せざるを得ない状況というのは、自社がすでに紛争に巻き込まれ始めているということを意味します。すなわち、日常的に、企業が我々弁理士や弁護士の先生のお世話になっているという状況です。これは金銭的なコストだけでなく、人的なコストの負担を生じていることになります。

紛争に巻き込まれている間、企業の担当者はそれに時間を取られるわけですが、本来であれば、その時間は、新規開発や営業などに回すことができたはずの時間です。

我々のクライアントは、逆の立場にならなければなりません。

つまり、一にも二にも、ライバルよりも知財によって先手を取って、こちらが主として、相手を従とし、相手側を振り回していく戦略をとることが重要です。それによって、新規開発や営業活動に人的なリソースを割くことができるのですから。

そういう意味で、自社が他社よりも先んじて特許等を出願していくことは、自分達が紛争に巻き込まれず、自分達の成長にリソースを割くことができる、コスト的にも優れた、唯一の方法といえます。

4.現実問題として立証も大変であること

先使用権の相談を受けて、弁理士としてもっとも無力感を感じるのは、証拠がすでに散逸していることです。

先使用権を主張しなければならない状況では、すでに相手の特許成立から10年程度経過していることが多く、当時の資料が残っていないことが多いからです。

実際問題として、「先使用権に頼らざるを得ない」 ≒ 「すでに負けている」という状況かと思います。

5.そもそも、優れた知財戦略とは

ナポレオンが古代中国の「孫子」を座右の書としていたことは有名です。

孫子は、「およそ用兵の法、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ。・・・」と述べた上で、「この故に百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。」と述べています(中国の思想 第10巻 孫子・呉子 第二版、徳間書店)。

つまり、戦わずして勝てる状況を作ることが、最上の策ということになります。戦略の要諦は、戦いが発生する前に、ライバルよりも自軍の兵力の数的な優位性を確保することにあります。

これを現代のビジネスに当てはめてみれば、ライバルよりも先んじて特許を出願して、多数の特許を取得して数的な優位性を確保することが、優れた戦略になります。そうすれば、特許権による威嚇によって、戦わずして相手を屈服させることができ、相手が設計変更をして、戦いを避けるようになります。

これは、自社にとって大きなメリットです。紛争を未然に回避して、紛争に余計な人的・金銭的なリソースを取られることなく、自社成長に注力できることになるからです。

6.まとめ

結論として、特許等を出願をせずに先使用権を確保していくという戦略は、クライアントがライバルの後手に回るということを意味します。

これはすなわち、クライアントが他社との無用な紛争に日常的に巻き込まれ、紛争に金銭的・人的なリソースを割かなければならない状況に追い込まれることを意味します。

それは、クライアントの成長が鈍化し、結果的に、戦わずして負けるための策をクライアントに伝授しているのと同じです。

このような戦略は、クライアントにとって害しかないので、戦略でも何でもないということが分かります。

弁理士は、クライアントが紛争に巻き込まれることを未然に回避して、クライアントが自身の成長にリソースを割くことができるようにすることを最上の戦略と考えます。

したがいまして、弁理士が、クライアントに対して、先使用権があるので出願は不要であるという提案をすることはないのです。

弁理士の石川真一のフェイスブック
facebook.com/benrishiishikawa




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?