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ぼくが書店員なら選ぶのは──2024年本屋大賞ノミネート作品10作を読んでみた

 箸にも棒にもかからない作品なんてひとつもなかった。ここまで来ると好みの問題だ。ラーメンなのかカレーなのかあるいはパスタなのか。どれも人気はあるけれども、人それぞれ好みは異なる。それと同じだ。

 2024年本屋大賞にノミネートされた10作をすべて読んだ。読んだ順番は「成瀬は天下を取りにいく」「君が手にするはずだった黄金について」「リカバリー・カバヒコ」「放課後ミステリクラブ」「星を編む」「スピノザの診察室」「存在のすべてを」「水車小屋のネネ」「黄色い家」「レーエンデ国物語」だった。

 もちろんぼくは本屋大賞の投票権を持っていない。それでも10作を読んだのであれば、ぼくなりに投票したつもりにはなりたい。それが人間の性というものだろう。とはいえ、本屋大賞に投票する基準はどうなっているのかを理解していないことに気がついた。

 本屋大賞の概要を読んでみるとこうある。

書店員自身が自分で読んで「面白かった」、「お客様にも薦めたい」、「自分の店で売りたい」と思った本を選び投票します。
二次投票はノミネート作品をすべて読んだ上で、 全作品に感想コメントを書き、ベスト3に順位をつけて投票。

本屋大賞HPより

 なるほど。おもしろい、薦めたい、売りたい。この三拍子が大事なわけだ。そのうえで感想を書き順位付けをする、と。読むまではいい、順位をつけるのもまぁいい、しかし感想文は難儀だ。どれくらいの文章を書けばいいのだろうか。はっきりいってわからない、が、それぞれの作品の #読了 ポストを軸に100文字程度でまとめてみた。

 結論が遅いと読まれない。よくわかっている。さっそく本屋大賞の投票権をぼくが持っていたら、1位から3位はこうなる。1位が「成瀬は天下を取りにいく」、2位は「存在のすべてを」、3位は迷いに迷って「水車小屋のネネ」だ。

 それぞれの作品の感想は下記の通り。ネタバレはないように努力しているつもりだが、思いがけないところで気がついてしまう可能性もある。注意されたし。

2024年本屋大賞ノミネート作の感想

「成瀬は天下を取りにいく」(宮島未奈)

頭脳明晰な主人公成瀬のその圧倒的な存在感に魅せられた。だけど物語は親友でもあり相方の島崎がいないと成り立たない。いつだってそばにいる、いやそばにいたい、そう思える、思われるふたりの関係性が美しい。

「君が手にするはずだった黄金について」(小川哲)

短編連作集の共通テーマは偽り、もしくは嘘、あるいはフェイクとでもいうべきか。リアリティのある描写は小説というよりもドキュメントのようにも感じられた。自分という存在はなんなのか──を考えさせられるところは哲学でもある。

「リカバリー・カバヒコ」(青山美智子)

著者の真骨頂とでも言うべき短編連作で作り上げられた長(中)編。苦しさを抱えて生きる人たちに少しの勇気を。切なさと温かさに優しさのスパイスが振りかけられスッと心に残る。誰にでも薦められるオールマイティーな作品を嫌いな人はきっといない。

「放課後ミステリクラブ」(知念実希人)

子どもたちがみんなで解決に向かっていく姿からズッコケ三人組を思い出した。親子で楽しめると帯にある通り大人も子どもも楽しめる。浅くなく深すぎない塩梅がちょうどいい。

「星を編む」(凪良ゆう)

進んでいく時間軸の中で多様な家族の在り方、それぞれの人生の決め方、価値観の違い、葛藤や迷いまでが描かれている。それが「普通」なのか「現代らしい」なのかの答えはない。トリックがあったりあっと驚くか仕掛けというとそうではなく奇をてらわず真っ直ぐだった。

「スピノザの診察室」(夏川草介)

主人公は医者。どちらかというと死に近い生と死を扱っているにも関わらず重苦しくない。かといって軽んじてるわけでもない。最後まで読むと悲しさでもなく嬉しさでもない感情で涙が落ちる。不思議な気持ちになった。先生、おおきに。

「存在のすべてを」(塩田武士)

ドキュメンタリーのような推理小説のような長編。章ごとに展開が変わり複数のパートと時間軸で物語が動く。彼らが交わるのか、あるいは交わらないのか──少しのスリルに家族愛や恋心、そして感動が詰まっていた。

「水車小屋のネネ」(津村記久子)

ハレノヒよりも日常の描写が色濃く描かれた40年のストーリー。人に親切にすることで人生は退屈じゃなくなって心を豊かにする。なんだかとってもみんな好き。大人も子どもも、そして鳥も──。

「黄色い家」(川上未映子)

第1章でなんとなくの結末を提示し、そこから回想に入る構成が不穏さを加速させる。主人公たちと同世代かつ物語の時代に三茶在住だったからこそ風景がありありと浮かぶ。どくどくした展開からの疾走感は後味が良いのか悪いのか。

「レーエンデ国物語」(多崎礼)

剣と魔法のファンタジー……ではなく大きな使命を果たすために動く人々の感情や葛藤が交錯する。それぞれの生き方を胸に刻む。序盤は馴染みのないカタカナの地名や設定に四苦八苦するもすいすい進む。あぁこれが王道なんだ──。

 今回、読んだ10作のなかにはぼくが普段読まないジャンルのものもあった。ファンタジーや重い小説はこういったきっかけがないとまず読まない。馴染みのないジャンルの本を読むのに苦労したことは事実。それでもしっかり読むことができ楽しめたのは作品が素晴らしかったからだろう。

 そのうえで「面白かった」「お客様にも薦めたい」「自分の店で売りたい」の三拍子を自分なりに考えてみた。このなかで「お客様にも薦めたい」これを軸に考えたときに導き出されたのが、「成瀬は天下を取りにいく」「存在のすべてを」「水車小屋のネネ」の3作品だった。

 特定の誰かでなく広く万人に薦めることを考えると、くせのあるものはどんなにおもしろかったとしてもなかなか選べない。その​点、「成瀬は天下を取りにいく」は広く誰にでも薦めやすい。爽やか。それこそ読書をこれからしたいなと思っている人にだってオススメできる。これが一番強かった。

 「存在のすべてを」は創作ではあるがドキュメンタリー風。複数の視点から1つの事件、謎を追っていくのは、ミステリーのようで意外にさくさくと読み進めることができる。分厚さの割には軽い(読みやすい)のも大きい。

 そして「水車小屋のネネ」は、いい意味で抑揚が少なく、なんでもないけれども当人たちにとっては大きかったりもする日常が描かれている。読んでいて心が疲れない。忙しすぎる現代人にとっていい処方箋になるのではないだろうか。そんな思いをもって3位とした。

 もちろんその他の7作品も十分におもしろかった。途中で投げ出したくなるような作品はひとつもなかった。どれもおいしい。けれども”お薦めしたいものは”の軸で考えたときにこの3作品になっただけのこと。それ以上でも、それ以下でもない。

以下、2024本屋大賞ノミネート作のAmazonリンク


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