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初めての命日に思うこと

今日で母が亡くなって1年になる。初めて迎える命日を前に感じるであろう気持ちと、今の気持ちが大きく違っていることに驚いている。亡くなる直前の様子を鮮明に思い出し、何も手につかなくなっては辛い気持ちでいっぱいになっているだろうと思っていた。実際は年末に闘病の様子を思い出すことはあったものの、穏やかな気持ちで今日を迎えている。その理由を考えてみた。思いつくことは二つある。

まず一つ目は、母の死に関して後悔する事柄がないからだ。もっと娘の成長を見守ってほしかったし、話したいことや一緒に出かけたい場所もたくさんあった。それでも母の癌が分かってから亡くなるまでのことを思い出すと、できることは一生懸命やってきた。二人の妹たち、夫や娘や周りの人たちが、母を支えたいと思っている私を支えてくれていた。後悔のない形で母の最期に関われたことは、今穏やかな気持ちでいられる大きな理由だろう。

もう一つは亡くなった直後にしっかり悲しむことができたからだ。これまでの人生の中で一番悲しい出来事だった。こんなにも泣けるものかと思うほど、次から次へと涙が溢れた。それでも、自分を俯瞰して見ながら「今はちゃんと悲しむ時期なんだな」と思っていたことをよく憶えている。母の癌が分かった直後にグリーフケアを知り、夫がその道を勉強していたことも大きい。しっかり悲しむことこそ、回復するために大切なプロセスなんだと分かっていた。

母が亡くなって2カ月ほど経った頃、夫にこんな話をした。私や娘の日常はどんどん進んでいるのに、それをもう母に話せないことが辛いと。すると夫は、話しかけるように手紙を書いてみるのはどうかと提案してくれた。いいアイデアだと想い早速やってみた。
先日初めてそのとき書いた手紙を読み返してみた。300文字ほどの手紙には、娘が書道コンクールで佳作になったこと、甥っ子の肘が外れたけどもう良くなったこと、祖母は毎日泣いていることが書いてあった。電話で近況を伝えていたときのように、家族の様子が書かれていた。
「どこかでこれを読んでくれていると信じて」
と結んだ手紙を書き終えたとき、心がすっと軽くなったことを憶えている。母に手紙を書いたのはこの一度きりだ。
悲しみを感じ切った先に残る気持ちは、いつも変わらず感謝だ。

1年前の1月19日。昼間に痛みが強くなり薬を足すからと妹から電話がかかってきた。状況から判断して、この電話が直接母に言葉を伝えられる最後になると革新した。そのときがきたら必ず言おうと思っていた言葉があった。

「お母さんの子供に生まれて幸せやったよ。ありがとう。お母さん大好きやからね」

私の言葉を聞いて母がしっかり頷いていたと、後から叔父が教えてくれた。そのとき叔父から聞いたのは、私に電話をする直前に二つ下の妹も全く同じ言葉を母に伝えていたということだ。二人で相談していたのかと聞かれ、そんなことはないと話したことを憶えている。仕事中だった下の妹も、ずっと

「お母さんありがとう、大好き」

を繰り返していたようだ。2人の妹たちとこんなにも感謝に溢れた想いで母を見送ることができたことも、今の私を強くしてくれている。

これから先、母ともう話せない事実を悲しく思ったり、楽しかった出来事を思い出して泣いたっていい。感じるそのままの気持ちを、溢れだすそのままの言葉を、しっかり受け止めていきたい。亡くなってちょうど今日で一年。「みんな元気にやってるからね」改めてこの言葉を母に届けたい。

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