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すれ違いの配慮

先日、15回目の結婚記念日と42歳の誕生日を迎えた。色んな人からお祝いしてもらい、いくつになっても誕生日は嬉しいものだ。誕生日記念に「これまでやったことのないこと」をしてみたくなった。思いついたのはバーに飲みにいくことだ。娘が

「エルと待ってるから二人で行っておいでよ」

と言ってくれたので、夫を誘って出かけることにした。
到着し、カウンターに案内してもらい、それぞれ好きなカクテルを注文した。周囲から聞こえる話し声、シェーカーの音、ゆったり流れる音楽。日常とは違う場所で、一杯だけゆっくりお酒を飲む時間をとても楽しみにしていた。家で好きなお菓子を食べながらワインを飲む時間も好きなのだが、こうして外で雰囲気を楽しむ時間もいいものだ。たわいもない話をしながらしばらく待っていると、注文したカクテルが運ばれてきた。目の前に置かれたのはロックグラスだと思われる、口が広く背の低いものだ。カクテルのグラスの位置を確かめていた私たちは、お店の方の言葉に驚いた。

「本当は背の高いグラスでお出しするカクテルなんですが、目が見えないと飲みにくいと
思ったのでこうしました」

と言うのだ。予想外の対応に思わず言葉に詰まってしまった。少し間を置いて、最初に思い浮かんだ気持ちを言葉にした。

「背の高いグラスでよかったんですよ」

私がそう伝えると

「そうでしたか」

と言って立ち去ってしまった。ゆっくり飲みながらとりとめのない話をする予定が、納得できない気持ちを夫に聞いてもらうことになってしまった。

何が納得できなかったのかというと、理由は二つある。一つ目は、純粋に家にはないカクテルグラスで飲みたかったということ。ただお酒を飲むだけではなく、場を楽しむためにはグラスは重要なアイテムだ。グラスを持ったときに指先から伝わるひんやりした感覚、グラスの中を滑る涼やかな氷の音が周囲の音と混じって非日常を演出してくれる。それがかなわなかったのが残念だった。
二つ目は、私たちに何の断りもなくグラスを変えられたことだ。良かれと思ってやってくれたのだと思う。
私たちに尋ねることが「失礼」に当たると思ったのかもしれない。それでも、注文したのは私たちなのだから、グラスを変えようと思うことをまずは聞いてほしかった。

この話を書きながら思い出したことがある。全盲の友人がカレーの有名なお店に行ったときのこと。出てきたお皿を触ってびっくりしたと話してくれた。
カレーがどんぶりに入って出てきたのだ。

「目が見えない人は平たいお皿は食べられないと思ったので」

と言われたとのこと。友人は平たいお皿でもちゃんとカレーが食べられるのになと思ったものの、何も言えずにそのままどんぶりでカレーを食べたとのこと。

「味気ない食事だった」

と話してくれた。頼んだカクテルを飲み終わる頃になって

「作り直してくださいって言えばよかった」

ということに思い至ったものの、もうグラスは空になっていた。夫もあっという間に飲み終わり、飲んだカクテルの味もわからないまま10分ほどで店を後にした。家に帰った私たちに

「どうだった?」

と尋ねる娘に一連の出来事を話した。娘にはこんなたとえで伝えた。
本当はオレンジジュースが飲みたいと思ってるのに

「あなた、ブドウジュース好きだからこれ飲んでね」

とブドウジュースを渡される感じと。

「それは嫌だね」

とのこと。

「見えないから背の高いグラスは危ない」

そう決めつけられたことが一番悲しくやるせない気持ちになった。一言

「別のグラスに入れ替えましょうか?」

と尋ねてくれたなら

「いえ、見える人と同じで大丈夫です」

と答えていたのに。配慮してくれるのだとしたら、まずはどうすればいいかを尋ねてほしい。選択肢を提示してほしい。そう思うのは私のわがままなのだろうか。

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