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言いたいことの殻破り

 とある女性のお話です。

10数年前、その女性はとても活発で、暴れん坊で、男子の好む遊びやアニメが大好きで、それ故いつも男の子に囲まれ、無意識に逆ハーレムの中を生きる女の子だった。
しかし、決して男の子としか遊ばない、という訳では無く、女の子の友達も多く、学校の教師からはずっと「男女共に仲良くできる良い子」と言われ続けていた。

生まれてからの多くを男の子たちと過ごした。
そんな女の子も、中学生になると徐々に、徐々に女の子とも遊ぶ時間が多くなり、いつしか男の子の存在を疎ましく感じるようになっていた。

そんな女の子のとある日。
複数人の友達とショッピングで色々なものを見ていた。

「見てこのキーホルダー可愛い!」

そう言ったのはいつも遊んでいる女の子の1人。
他にいた子たちも「本当だ可愛い!」などと楽しそうに話している。

「そうだね可愛い…ね…」
「あれ、可愛いのとか好きじゃない感じ?あ、でもあんまりイメージ無いかも」

女の子友達の言葉が胸に突き刺さる。

ずっとずっと、可愛いものは大好きだった。それは実の母にさえ言えなかった事実である。
長い時を男の子と過ごした女の子の価値観には、「可愛いものを可愛いと言い、喜ぶのはダサい」
というものが植え付けられていたのだ。
もちろん、他の女の子たちが可愛いものを「可愛い」と言うことに違和感を感じる事は無かった。しかし、その女の子だけは、自分が「可愛い」なんて似合っていない、言ってはいけない言葉だと思い込み、強がった。
その強がりは誰にも気づかれることは無く、ズルズルズルズル引きづり続け、いつしか女の子は彼女と呼ばれるまでに成長を遂げた。

 その頃にもなると、彼女の周りには小中学生とは違う、新たな友人が出来ていた。
沢山の女友達と少数の男友達。何故か小学生からの幼なじみ…と言う名の腐れ縁であるウザ絡みが多く、疎ましく感じる男たち。

「ねえねえ、遊びに行こうよ。お買い物したい!」
「え、唐突だね…良いけど!」

そんな中で1番仲の良い友人。この子とは気が合うことがとても多く、居心地が良かった。好きなゲーム、好きなアニメ、趣味。それに男女関係無く仲良くなれる所まで。

2人でショッピングを楽しんでいる最中の出来事だった。

「ねね、これ可愛いくない!?」
「えっ」

そう言って見せて来たのはアザラシをモチーフとする、小さなぬいぐるみのような、とても可愛いらしいキーホルダー。
気が合うことが多すぎて、何もかも同じだと思い込んでいた友達。
しかし、その子は彼女と違い「可愛い」と口に出し、言い出す事ができていた。
自身にとっては唐突な出来事に固まって居ると、友達は首を傾げハッとする。

「え?ま、まさか可愛いく無い!?気に入らない!?この可愛いさが分からないとは…」
「いや、そうじゃなくてね!?」

早口でそう述べられ我に返る。

「えー、じゃあ何よー」

彼女はゴクリと固唾を飲んだ。
今まで可愛いものを可愛いと言うことを許せなかった自分に許せ、許せと鞭を打つ。
「可愛い」この一言で何かが崩れそうな気がして怖い。でも特別仲の良いこの子を前に強がりたくは無い。

「か、可愛い!!めっちゃ可愛いアザラシ!」

恥ずかしい。ただひたすらに恥ずかしい。顔が熱い。今まで言えなかった言葉を、自分が言えばダサいと思い続けて来た言葉を、初めて心から感情を込めていう事が出来た。絞り出した。
何百人を前にスピーチをしているように足が震える。

「でしょ!これ2つ買ってペアしよ!拒否権無し!」
「良いよ、しよしよ!」

ニッパリと笑顔で話す友人に彼女は肩の荷を下ろし、安堵する。
「可愛い」と言っても「イメージが無い」と言われない。流れる水のように受け入れられ、日常は日常のままに何かが変わる。

「こ、このぬいぐるみも可愛いんじゃない?」

たったの1度。自分の意思で「可愛い」と言葉に出来、''何か''から解放された彼女。今度は自分から、子猫のぬいぐるみを震える手で指さし、友人の表情を伺った。

「可愛い!」
「ね!」

この日を境に彼女は変わった。
可愛いものには「可愛い」とよく口に出すようになったのだ。
家でも、昔の友人たちに会う時も。
沢山、沢山、可愛いものには「可愛い」と。言えば言うほどその言葉に抵抗が無くなっていく。
自身の言葉が素直に言えるようになって行く。

「変わったね」
「女の子らしくなった?」

そう言い出すのは昔からの友人たち。
「可愛い」を言わない彼女の事しか知らない友人。

「自分に素直になっただけよ。好きな物は好きと、可愛いものは可愛いって言わないとずっーとモヤモヤ!」

そう言えば友人たちは嬉しそうに笑った。

「それが1番!」

何も難しい事は無かった。恥ずかしい事も。
自身にとっては恥ずかしい事も、大半は誰かにとってはどうでも良い事。

自身が思うよりも下らなく、あっけなく受け入れられる事。

1度放ってしまえば、我慢していたのが、恥ずかしがっていた事がおかしかったのだと思う程、自身をも受け入れる事が出来る些細な事。

良い友人に恵まれ、素直に生きる喜びを彼女は知りました。

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