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【連作】バイパス

来ないはずの明日』→(略)→『元の場所に返してきなさい』→(本記事)

 夢の中の話。
 スクランブル交差点の中心で、先生に逢った。
 東西南北、四方八方、大量の先生だった。視認できる範囲をパッと見渡す限り、確実に万は超えるだろう。先生の大群衆に囲まれる恐怖やいなや。指の先から足の裏の裏を伝い、背骨を遡って頭の天辺へ。何とも言えない感覚が瞬間的に突き抜ける。
 いつの日か教えられた「一匹見たら百匹いると思え」が頭を過ぎる。あの教えはつまり、こういう事なのかしらん。
 と思ったけれど、あれは『先生』ではなく違う生物に関する個体数の例だったと記憶しているので、首を横に振って思考を掻き消した。第一、百と万では単位が違う。「一匹見たら百匹いると思え」は今回全く関係ないだろう。

 大量の先生は一様に浮かない顔をしていた。涙を流したり、俯いたり、体育座りをしたり、うつ伏せで寝そべったり、棒立ちで無表情で虚ろな瞳を揺らす彼女達。初めて見る様子に戸惑いつつ「如何したんです?」と訊いてみる。

 先生は「苦しい」と言った。

「辛い」
「不幸せな『僕』が多過ぎて」
「息ができない」
「苦しい」

 初めて耳にする、か細い声だった。掠れ切って、微風にも掻き消されてしまいそうな弱々しい声音。私は背筋が冷えると同時に、「なんとかしなければ」という使命に駆られる。
 なんとかしなければ。先生を幸せにしなければ。きっとこの人は──彼女達は、私の目の前から消えてしまうに違いない。箒でパッと掃かれるみたいに。
 何が出来るか考えて、取り敢えず迂回路を設ける計画を立てた。不幸せが渋滞しているから息苦しいのだ。ならば、幸福に繋がる道を沢山作って、分散させれば良い。応急処置にしかならないけれど、私はやれることをやるだけだ。

 取り敢えず、私は手近に居た不幸せな先生の一人を引き上げる。足元で猫の様に丸まっている先生だ。腕の肘部分を掴んで、一思いに、ぐいと持ち上げる。

 そして、優しく抱き締めて「大丈夫」と囁きながら、真白い頬に唇を落とした。

(了)

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