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【連作】天邪鬼

来ないはずの明日』→(略)→『夢想家あんぱんヒーロー』→(本記事)

「僕は子供が嫌いだ」

 引き篭りがちな先生が珍しくアトリエから飛び出した。一体何処へ行くのかしらと思い追随すれば、辿り着いたのは近場の公園。先生は一直線でブランコに走り寄ると、兎の如くピョンと跳び乗って立ち漕ぎを始めた。
 それなりのスピードが出始めて第一声が、脈略のない「僕は子供が嫌いだ」である。私は情けない程に狼狽えた。
 先生はこちらの様子を気に掛けることなく、どんどんスピードを上げて空高く登って行く。
「子供好きの精神が解らないよ。あいつら五月蝿いし、すぐピーギャー騒ぐし、癇癪を起こすし、泣き喚くし、日本語喋らなくなるし、色々散らかすし、不機嫌だからと気を遣った途端に笑いだすし……本当に嫌いだ。君はどう? 子供好き?」
 突然の質問に、こてんと首を傾げる。いつ始まったか分からない人生だけれど、今まで『子供が好きか否か』など考えたことが無かった。はて、私は子供が好きなのかしら?
 暫し考えて、私は「よく分かんないです」と正直に答えた。
 先生は吐息混じりに「そう」と言って、隣のブランコを目で指しながら「座れば?」と続けた。視線に促されるまま私は腰を下ろし、緩やかに漕ぎ始める。
 数分の沈黙を置き、先生は唾棄するような口調で再び言葉を紡いだ。
「僕は子供が嫌いだけど、でも、それ以上に嫌いなのは大人だよ」
「大人、ですか」
「そう、大人。それも、子供を虐める大人。子供の言葉を聴かない大人。子供相手に蹴って殴って暴言を吐いて冷水を浴びせて、ご飯を与えず自分でも耐えられない苦行を強いて、少しでも声を上げようものなら全力で押し潰す。弱い大人。僕は、弱い大人が嫌いだ。手酷い拷問の末に四肢を斬り落として生殖器官を潰したくなる。子供を虐げる大人が強いと、君は思うのかい?」
「……よく分かんないです」
「……まあ、確かに、物理的な強さを比べれば強いさ。じゃあ、精神力は? 我慢強さは? 僕に言わせれば、気に入らないだの何だのと理由を付けて拳を振り下ろす単細胞な脳筋成人より、忍耐強く、現状を少しでも改善しようと努力する子供の方が遥かに強者で立派に思うね。本来なら早過ぎる成長だけれども。ああ、成長を強いられた子供も僕は嫌いだな。気に入らない」

 先生は苦虫を噛み潰したような顔で、もう一度「気に入らない」と繰り返した。まあるく大きな瞳は、親の仇を見るような鋭さを孕んで青空を睨み付けている。
 私は、先生の横顔を眺めながら「素直じゃないな」と微笑ましい気持ちになった。同時に、狂おしい程の愛おしさを感じるのだった。

(了)

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