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【連作】被害妄想

来ないはずの明日』→『食文化』→『リア充失敗』→『バーター』→『親愛なる、いちごジャムパン』→(本記事)

 午後三時。
 アトリエ『ミラ』の隅に配置したテレビで、ワイドショーを観ていた時分だった。お笑い芸人と元県知事の漫才的なコメントのキャッチボールに腹を抱えて笑っていると、怒涛の勢いでドアを連打された。
 犯人は先生ではない。如何にも彼女がやりそうな所業ではあるけれど、先生は私の隣で緊縛系エロエロどピンク本を読んでいるので、叩けるわけがないのだ。では、ドンドドンドンドドンと熱いビートを奏でているのは一体どちら様なのかしらん。
 ドアの音色に誘われるがまま、私はテレビの前から立ち上がった。背後からの「やめときな」という忠告を無視してノブを捻り、ドアを開く。
 そこに居たのは、乱れ髪の女、ただ一人だった。
 女性は血走った眼を左右へ動かしながら「殺される」「ヤツが来る」などと物騒な呟きを繰り返している。その様子に、精神疾患か、若しくは何か事件に巻き込まれているのかと思った私は、取り敢えず彼女をアトリエ内で保護しようとした。
 が、保護は出来なかった。突然、空気を斬り裂くような、耳を劈く警報音が部屋中に鳴り響いたのである。
 今度こそ犯人は先生だった。いつの間にか隣にいた彼女の手には、何時ぞやに私が持たせた防犯ブザーが握られている。

「予想以上に効果バツグンだ、本当に追い払えたよ」

 唖然としていた私は、先生の関心した様子にハッと意識を取り戻し、再びドアの向こうへ目を向ける。そこには誰もいなかった。
 あの女性の身に危険が迫っているかもしれないのに、或いは不測の事態が起こるかもしれないのに。何てことをするんだ。大体、防犯ブザーの使い方間違ってんぞ! と怒っても、先生は飄々とした態度で「礼はいらないよ」と言うだけだった。
 誰が礼などするものか!


 翌日、午後三時四十分。
 アトリエ『ミラ』の隅に配置したテレビで、ワイドショーを観ていた時分だった。タレントと弁護士の漫才的なコメントのキャッチボールに腹を抱えて笑っていると、速報で殺人事件のニュースが流れる。
 なんと、事件現場はアトリエがある市と同じだった。もっと言えば隣駅だった。中継画面に映るレポーターの背後に建つマンションやコンビニは非常に見覚えのあるもので、思わず「ここ知ってる!」と叫んでしまった。
 身近で殺人が起こるなんて、物騒な世の中だなあ。あ、でも、犯人は捕まったのか。それなら安心だな。
 ──と安堵しかけた、その時。犯人の顔写真が表示される。

「……私、この人知ってます」

 映っていたのは、昨日アトリエに来た乱れ髪の女だった。
 精神を病んでいた彼女は、昨日の朝、入院病棟から逃走。殺人を犯して目撃者に通報されるまで、行方不明の状態だったらしい。
 私は唾を一飲みし、そっと背後を振り返る。先生は昨日と変わらず、緊縛系エロエロどピンク本を読んでいた。そして、視線どころか顔を一切上げないまま「礼はいらないよ」と爽やかに笑った。

(了)

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