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周波数が合わない人

話をしていて、なんだか早くやりとりを終えてしまいたい人がいる。

相手に対して興味がないとか、そういうことではなく、とにかく掛け違いのボタンのように会話の調子が合わない。

むしろ、自分も相手も、何とか話を合わせようと、割と必死。合わせよう、合わせようと思いながら話している。

話題の本質がズレているかというと、実はそうでもない。

それでも、なんだかストンといかない。

こういう、嫌いじゃないけど、なんだか苦手な相手っていないですかね?


よく考えてみると、それは“会話のリズム”が関係してるんじゃないかと思う。

そういう人との会話をよく思い出して振り返ってみると、話し始めるタイミングが重なってしまうことが多い。

相槌を打ってから、“自分のセクション”への移行が、なんだか歯切れが悪い。“相手のセクション”が終わるのも掴みづらい。

話を終えるタイミングもつかめず、ダラダラと相槌の応酬で何となくフェードアウト。


例えば“相槌”というのは、一方の発信に対して、一定の間隔を置いて他方が応答(発信)することだとしたら、互いに同じタイミングで発信してはいけないはずだ。

会話はコール&レスポンスの連続だ。

コール&レスポンスの前提として、相手が言い終わるまで待たなければいけない。コレ、大事なお約束。

内容は共通理解できているのに話が噛み合わない状態というのは、どちらもコール、もしくはレスポンスしている状態。なのではないだろうか。

ライブで例えると、フレディ・マーキュリーが「エーオ!」の“エ”を言い終わるか否かなタイミングで、オーディエンスも間髪入れずに「エーオ!」って言い始めてる状態(相当、空気読めない客だよね)

さらに、餅つきで例えてみると、一方が杵を振り下ろしたのと同じタイミングで、他方が餅を返してしまう。

痛いよ、痛い痛い。

あくまで、交互に行って始めて二者間にリズムというものが生まれる。

相手に合わせよう、合わせようとお互いが思いすぎると、逆にチグハグになってしまうんじゃないかな。


んで、ここからは会話のリズムではなくて、至極個人的な人間関係の相性の話なんだけど、リズムとはちょっと違う“噛み合わなさ”を相手に感じる時がある。

“あの人と話すと何だか調子が狂う”

“あの人と話すと自分の本領を発揮できない感じがする”

自分には、そういう“あの人”みたいな種類の人間が、どの時代にも、どのグループに所属していても、必ず一定数いたことに気がつく。

コーチングをかじったことがある人はわかるかもしれないけど、“タイプ分け”というのがある。

人間を大きく4つのタイプに分けて対応方法を考えるアレだ。

確か、コントローラー、プロモーター、アナライザー、サポーターだったかな。

詳しい説明は割愛させていただきますけど、自分は自他共に認めるコントローラータイプだった。

コントローラーは、“自分の思った通りに物事を動かしたい人”で、その場を支配したい、コントロールしたい、と強く思っている。

この概念を導入した時に初めて「あ、話が噛み合わない人って相手も自分と同じコントローラータイプだったんだな」って気づいたんです。

相手も自分も、どちらも場を制圧したいので、互いに“牽制”する。

この牽制が、会話のほつれだったり、ボタンの掛け違い感に繋がっていたんだなーってわかった。

苦手なのは、同じタイプの人間だったんです。

よく、“あの人とは周波数が合わない”って表現したりするよね。

往往にして、会話が噛み合わない結果として表現しているんだろうけど、多分、その中には“同じ周波数だから合わない”ということもあるんではなかろうか。

周波数が合わないっていうのは、相手が自分とおんなじ周波数だからっていう場合もあると思うんだよね。なんだか矛盾してるけど。

凹凸のようなデコボココンビ(死語?)がうまくいくように、相手と自分が違うから、うまくいくように社会ができているのかなぁ。

凹と凹では隙間ができるし、凸と凸ではぶつかってしまうんだ。


トムのような猫が2匹いただけではストーリーは生まれない。んである。


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