女なんて所詮○○なんすよ
「金の切れ目は縁の切れ目だ」
というセリフは、ドラマの中や昼下がりにゴシップを垂れ流す情報番組の専売特許かと思っていたけど、最近“リアルに”その言葉を聞いた。多分、人生初かも。
仕事関係で出会った、いわゆるバツがついている中年男性の口からもたらされた。
「所詮、女は金なんですよ」
どうやら、お金を失った途端、妻が逃げるように離婚を申し立てたらしい。
『はぁ、そうなんすか』と気の抜けた返事しかできなかったが、なんか彼の言葉にしっくり来なかった。
自分のつたないロジックで一生懸命考えてみた。
お金がある=女性が近づいてくる=結婚
お金がない=女性が離れていく=離婚
ということ?なんか、短絡的やしないすかね。
自分の人生は一回こっきりなので、自分の身に降り注いだ出来事だけで“世の中はそうなんだ”という解釈に繋がりやすい。
一つの事象だけで一般化しようとしたとしても、誰かに語るほどの効力は持ち得ない。
離婚した原因を“お金”という、比較的わかりやすい理由に置き換えて逃げてるような臭みを感じたんだな。
お金を持っていなくても婚姻状態を維持している夫婦はごまんといるハズだ(自分もそうだが)
政略結婚や社会的な体面を必要以上に重視した時代ならばともかく、今の時代、ほとんどの結婚は自由意志で行われるものだと思う。
第三者の誰かに頼まれて結婚する人はそうそういない。
熱烈にプロポーズされ、半ば“仕方なく”結婚したとかいうエピソードを聞くことがあるが、結果的にプロポーズを受け入れたのは、他ならない“あなた”だ。受け入れた時点で、責任はフィフティ・フィフティ。
百歩譲って離婚の原因がお金だったとしても、“お金がなくなったら離れていく女性を選んだ”という、選んだ側の責任もあるハズだ。
フィフティ・フィフティの責任を一切棚上げして、「金がないからあの女は逃げて行った」というのは、なんともだらしない言い訳である。
そもそも、お金以外に相手を引き止めるものが彼にはなかったんだ。
ささやかな(豪華な?)結婚生活でお金以上の価値を見出せなかったのだろう。
お金がなくなったら離れていくパートナーがいる、という事実は否定しないんだけれども、「俺、金がなくなったからしょうがねぇな」ぐらいで語ってくれれば、『深みがある人間だなぁ』って尊敬できるんだけど、「女なんて所詮金なんすよ」みたいな、なんだか安っぽいドラマで聞かれる紋切り型のセリフに辟易してしまった。
対人関係なんていうものは自分を映し出す鏡だし、悪く言えば“自業自得のブーメラン”みたいなものなので、自分のした行動が綺麗に旋回して戻ってくる。
必死にかわし続けるか、甘んじて受け止めるか、上手にキャッチするかで自分という人間がわかってくるんだな。
どういう目的で大事なパートナーと関係を築くか、を忘れないようにしたいものです。
自分が離婚したらこう言い訳しようと思う。
「女なんて、所詮、幸せなんすよ」
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