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読書感想 「カメリ」 北野勇作

この本に出会えてよかった。危うく、知らないまま残りの人生を生きるところだった。

ポッドキャスト番組の「ハードボイルド読書探偵局」という番組にハマって過去回を聴いていた。二人のトークが心地よいので、読んだ事ない本の話しでも、構わず聴いていたのだけど、カメリって何?と、読んでみることにした。チラッと聞いた所によると、なんだかよくわからない。でも、「とにかくいいよね」と言い合っている。語彙力豊富な、分析力のすごい二人が、「ここがなんかいいよねとしか言えないよね。」みたいな感じになっている。しかも、一章を一時間近く話し、続きはまた来月。という事を繰り返して、大事に読んでいる。これは読まないと。

kindleはこういう時便利だ。読みたいと思ったらすぐ手に入る。早速、カメリなる本を検索して購入した。

主人公カメリは、人間ではなく亀のようなものです。これ以上は何とも言えないので、説明は省く。とにかく主人公カメリは女の子の亀のような生き物で、カフェで働いているのだ。詳しくは、ぜひ「カメリ」を読んでください。

カメリは、健気で、しなやかで、粛々と自分の仕事をしている。店の常連客であるヒトデナシが喜んでくれるよう、メニューに心を込める。どんな風に心を込めるかが、また奇想天外な設定なんだけど、私はカメリの気持ちがよくわかる。人の為にご飯を作る人はみんな、カメリの気持ちがよくわかるのではないだろうか。今でこそ、ネットでいろんなレシピを知る事ができたり、材料や道具を手に入れたりすることができる。でもそんな便利な時代になるずっと前から、女の人達は、テレビで観たあの食べ物や評判のあの食べ物を、家庭で再現してみようと試みてきた。ホンモノ食べた事ない子供達は、お母さんの作ったそれを美味しいと言って食べてた。カメリの仕事ぶりは、ノスタルジックな光景である。もしかしたら、今の子供は、そんなお母さんが作った偽者チックなモノなどより、外食やデリバリーで十分美味しいものを食べているかもしれない。でも、ちょっと前の子供たちは、食べた事ないけどお母さんが工夫して作ってくれたものを、わーすごいね、美味しいねと思って食べていた。今思えば、たいして美味しくなかったかもしれないけど。そんなノスタルジックで優しい風景が、カメリの世界には感じられる。ちなみに、カメリが作っているのは、泥まんじゅうと泥コーヒーなのではあるが。

私が子供の頃はパンケーキはなく、ホットケーキしかなかった。今も両者の違いがよくわからない。そんなホットケーキ世代の私は、今から三〇年以上も前高校生だった頃、格子状にパリッと焼けたワッフルなる物に出会った。自分の家はど田舎だったが、船と電車で、県内第二の都市の高校に通学していた。そして、高校生の私は友達と喫茶店でワッフルを食べた。カリカリとふわふわでバターとメープルシロップがじゅわーっとなってホットケーキの数倍は美味しかった。私はワッフルを食べたことがない家族に食べさせたくて、ワッフル型を苦労して手に入れた。インターネットのない時代だが、通信販売はあった。郵便なり電話なりで、カタログを見て注文するのだ。主人公のカメリが、食べたことのないカヌレの型を探しに行く話しを読み、ワッフルの型を探した事を思い出した。今でも、そのワッフルの型は台所にある。そのカヌレの型を探しに行く章をを読んで、「私、そういえばカメリだったなぁ」と、カメリと自分が愛おしくなった。でも、私とカメリの違うところが、一つ。カメリは全然喋らない。文句も言わず働く。カメリは偉い。私もカメリを見習って、余計な文句ばっか言っていないで、粛々と自分の仕事をやろう。他の登場人物たちもみんな魅力的で、カメリの同僚のアンがまたカッコイイ女性なのだ。私はカメリ派だけど。なんのことやら判らないあなたは、是非、カメリを読んでみてください。

昭和を生きた世代は、「カメリ」にギュッと胸を掴まれること間違いない。果たして、平成生まれの息子達はどう思うのか。kindleでよんだけど、本も買って渡してみようかと思う。

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