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【転載】◆ぶわぶわのすすめ~"割れ鍋に綴じ蓋"と永井荷風「四畳半襖の下張り」4500字弱

2019年に本宅アメーバブログにアップしている「芸術系」の原稿だが、枯れることなくアクセスを頂戴している。わたしとしても好きな原稿の一本だ。
折角なのでここでも紹介しておくこととした。丁度、e-pubooで仕上げる芸術系・美術系エセー集編纂の真っただ中。宜しければ暇つぶしにおひとつ。

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この原稿は、読者の存在を二分している____________

 主たる一派は、近代文学を入り口とした御仁達であることが訪問の足跡から窺い知ることが出来る。概ねタイトルの検索からお運びの御仁が多い。特に関東圏からお運びの読者が目立つ。

 もう一派は、ここの管理者を"エロじじい"として存在付けることを目的としたある種のリアリストに属する御仁達であることがわかる。この御仁達の特徴は、アメブロのアクセス解析には引っ掛かるものの、Google解析に引っ掛かかかることなくこの原稿に辿り着いている点だ。色々工夫をしておられる。概ねリピさんたちだ(笑)。他にも2~3の原稿を入り口にしておられるようなのだが、そこは、今回私が書こうとする中身からは乖離する故先に進むこととしよう。

 要は、この様な原稿を紹介する筆者についてエロじじいと思って頂くことは止めるつもりは毛頭なく否定する気もない。自由にしていただければ良い。しかしながら、これから年齢を重ねてゆかれる御仁達にとって、知らぬが故、分からぬが故の視野狭窄が手伝っての齟齬や誤解を持つことは人生の豊かさに滲む一面すら知らぬ儘となるやもしれず、これは甚だ大きな損出とも思えるのである。齟齬や誤解を取り除くお手伝いになれば本稿の目的を果たすものと考える次第。

 さて、ここの第一稿2019年8月7日『◆ぶわぶわのすすめ~永井荷風「四畳半襖の下張り」に観る芸術性とガバナンス』では、永井荷風作「四畳半襖の下張り」を芸術であるとしている。

 読みようによっては、ジェンダーギャップを持ち出したり、公序良俗を持ち出す御仁もおられるのかもしれない。
しかしここで考えなければならないのは、書かれた時代の背景ということであり、即ち「俗」という背景を置き去りにしたままの議論は成立しないという点に他ならない。ジェンダーギャップや公序良俗ということであれば、現在みられる「俗」と対比させた論考が必要であり、それは既にある種の学問の領域へと誘う姿をみせることとなり、荷風のこの作品の芸術性を語り、感じるところからの乖離を見ることとなる。

では何が、この作品の芸術性なのか。結論を申し上げるのなら、読むことによって一枚から数枚の「画」が浮かび上がるところと云えば理解を得られるのかもしれない。人によっては、白黒の映像が流れる御仁もおられるのか。ここの筆者にとっては数枚の「春画」が脳裏に浮かぶ。
微に入り細に渡り炙り出される”客の男と家の女”

 この辺りのニュアンスは、赤線・青線、吉原、鳩の街をはじめとする幾つかのキーワードを文学と共に咀嚼を試みた世代でなければ理解が出来よう筈も無く、致し方ないところとしての合点を見る。ジェネレーションギャップだ。
 古い諺に、割れ鍋に綴じ蓋というものがある。
 ここの筆者にとっては、荷風の「四畳半襖の下張り」の芸術観に通じてくるのだが、『四畳半襖の下張りと、割れ鍋に綴じ蓋』とは、はたして"同義語"として扱うべきなのではないか~と思えてくる。荷風は当時の「俗」に生きた人々を、"割れ鍋に綴じ蓋の人々"として愛し、これを表現する試みとして、"四畳半襖の下張り"としたのではないか~と思えてならないのである。

古い言葉が幾つか出てきているが、興味のある御仁は調べてみてもオモシロいかもしれない。そこかしこに荷風の愛が顔を覗かせ、画は色付きを魅せる。

文章だ。文章が情景を顕し、指使い腰使いすらイメージさせ、崩れ落ちる息遣いすら画としてイメージさせる力強さを魅せている。

今を生きる人々にとっては、それを"妄想"と片付けをみるのかもしれない。亡き女を想うということが妄想であるとするのなら、荷風が書いた「四畳半襖の下張り」を画として眺めたとき、妄想という言葉は満更的を外れているとは言いにくいのかもしれぬわなぁ。どうだろう。今一度、初稿にある「四畳半襖の下張り」をゆっくり読んでご覧になっては。女も男もである。

逆説的に申し上げるなら、様々な「画」の見方が変わってくる気はしないだろうか。いや、あの四畳半襖の下張りを読み、画を感じることが出来たら、急ぎ美術館へと足を運ぶことを推奨したい。画を前にしたとき、まるで小説を読むように眺めることが出来るようになっている自分に驚かれるかもしれない。

以前、福岡の美術館での取り組みを紹介した原稿がある。全盲の人々に「言葉」を使って画を紹介する取り組みだった。
同じことなのだ。画を観ることが出来ない人々が「言葉と会話」で画を、芸術をイメージする。画を観ることが出来る人々は言葉で画を芸術を表現する。

2020/10/12 "◆永久保存版・"聴く美術鑑賞"という発想とTourism(自己実現)"リンクあり

永井荷風の作品を通じ、そういう世界に繋がって行くことが出来るとすれば、これは紛れもなく崇高なる芸術として落ち着かせることが出来るだろう。芸術と向き合う上で、それを手にする人によって様々に価値は移ろいを魅せることを前提とするなら、美とは人それぞれであってこそ相応しい~に通じてくるのではないだろうか。素敵でしょ? エクセレントでしょ? 永井荷風 (笑)

以下初稿
2019/08/07◆ぶわぶわのすすめ~永井荷風「四畳半襖の下張り」に観る芸術性とガバナンス
永井荷風「四畳半襖の下張」よりの抜粋
“口説かれて是非なきやうにするは芸者の見得なり。初めての床入に取乱すまじと心掛くるも女の意地なれば、その辺の呼吸よく呑込んだお客が神出鬼没臨機応変の術にかゝりて、知らず知らず少しよくなり出したと気がついた時は、いくら我慢しようとしてももう手おくれなり。元来淫情強きは女の常、一ッよくなり出したとなつたら、男のよしあし、好嫌ひにかかはらず、恥しさ打忘れて無上にかぢりつき、鼻息火のやうにして、もう少しだからモットモットと泣声出すも珍しからず。さうなれば肌襦袢も腰巻も男の取るにまかせ、曲取のふらふらにしてやればやる程嬉しがりて、結立の髪も物かは、骨身のぐたぐたになるまでよがり盡さねば止まざる熱すさまじく、腰弱き客は、却つてよしなき事仕掛けたりと後悔先に立たず、アレいきますヨウといふ刹那、口すつて舌を噛まれしドチもありとか。” 

 さて、"芸術"とはなんぞやという話し。
 書き出してはみたものの、芸術を定義出来るほどの知識・学識は持ち合わせていないことは言うまでもない。したがって、ここからは筆者の心もとない感性に頼った、ぶわぶわな「芸術カモね論」となることをご寛容願う次第。お時間おありの諸兄に諸姉におかれましては、しばしのお付き合いを。

 明らかに奇を衒うことを意識した書き口となり恐縮だとも思うが、前(さき)に紹介させていただいた"や"うな麗筆を目の当たりにするというと、目まぐるしく変化する下界の様子を、左手に持つタバコを燻らせながら、骨のついた鯖の塩焼きから器用にその身をほぐし大量の大根おろしと共に頬張り、時折、骨についた鯖の身をシャブリつつ満足げに眺めているかもしれない荷風を思えるから不思議なものだ。旧仮名使いによる幾分の"読みにくさ"を伴う麗筆は大正期に永井荷風の手によって書き上げられた「四畳半襖の下張り」からの抜粋だ。

のちに昭和の半ばに野坂昭如氏の手によって世に広められ発禁となったことは、第一次、第二次オイルショックを眺めてきた世代にとってはある種の"伝説"として脳裏に刻まれているだろう。
 この原稿を書くため、くだんのタイトルをググったところ、丁寧に文字起こししておられた御仁の所に行き着いた。大変失礼ながらコピペして拝借し、幾分の体裁を整えさせていただいたのだが、いい。とてもいい。
 当時は猥褻であるとのことから"裁判で発禁本指定"を受け、世間を賑わした本だ。
 この裁判には当時の様々な純文学系小説家たちが被告側の証人として出廷し、この作品の芸術性と類稀な文学センスを引き合いに抗弁したようだが、結局、判決は芸術性と文学センスに及ぶことなく、過去の判例に基づき、猥褻図書として発禁措置をうけ、罰金を言い渡されるに至っている。

 さて、ここで。このブログにお運びのどれほどの皆さんがこの原稿を眺め、読み、眉をしかめたであろうかということになる。自由にしていただきたい。失笑を漏らすもよし。眉根を寄せるもよし。アホじゃwと罵るのもまた楽しからずや。私が思う処、永井荷風のくだんの原稿は芸術であり、これを生み出す能力を備えていた永井荷風という小説家は間違いなく芸術家である。特に現代社会においてこそ、その芸術的価値は高まりこそすれ薄れることは無い。
 荷風が自分をして芸術家であると名乗っていたかどうかは定かではない。むしろそれは大きな問題だとは思わない。読み手が作品に触れ、文学的・芸術的価値を見たい出した瞬間にその存在は芸術であり、作者は芸術家としての存在を確かならしめるのではないだろうか。売れたから芸術家、売れないから芸術家ではないという線引きは、なにやら"生き様"を否定した恣意的判断とも思えてくるのである。

 "アダルト"の一言を打ち込むだけで毎度おなじみの「処理」の役にたつことを目的とした動画が配信されている末世において、永井荷風のこの秀逸なる芸術が猥褻図書の指定を受けるなどまったくもって意味不明ではないのか~とすら考える。
 少なくとも永井荷風の作品は国や行政の補助金を使わず、芸術として、文学として自力でその存在を際立たせ、野坂昭如氏が監修を務める「面白半分」にて日の目を見るにいたった。

芸術に国や行政の圧力がかかることは馴染まぬという論旨は理解はできるのだが、古くは8世紀、イスラーム教の登場とともにキリスト教においても発展を見たイコノクラスムを思い出してみていただきたい。芸術とは常にその時代その時代にあって、圧政と庇護という二面性とともにその存在は担保され、否定されてきたのである。

もしもこの永井荷風の作品を読まれてご気分を悪くされる御仁がおられるとしたら、慎んでお詫びしたい。しかし、日本の"象徴"をハイヒールのピンで踏んだものや、例の少女像をして芸術であるという価値観に基づいた作品では、残念ながら私にとっては荷風に軍配が上がるのである。

しめくくりに寄せる言葉として記しておくが、悪趣味という言葉がある。
どういう状態をして悪趣味というのか。このぐらいの判断は可能である審美眼は身に着けていたいものである。ちなみに荷風を引用したこの原稿も"悪趣味"ではあろうなぁ~ということ、書き手においても認識したうえでの"確信犯的試み"であることは記しておく。

~了~

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