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歪んだ世界で生きると誓いあった日

双極性障害になったあずにとって、この世界で生きることは苦痛だ。

健常者が正しく、精神疾患患者は異常だと決めつけられる。

今も昔もこの世界は変わってはいない。



◆あずが壊れた原因

あずが病気になった原因はあずの職場にある。

あずは看護師として国立病院に入職する。

入職した同月、夜勤勤務が始まり何もわからないまま50人近い患者を先輩と二人で診なければならなくなった。

急変患者が出たときの対応がわからない。

命を預かる身として不安でいっぱいだ。

不安からかあずは不眠と強い頭痛に襲われるようになった。

これを機に夜勤から外してもらおうと上司に相談するが、上司からは「夜勤ができない看護師は看護師じゃない」と言われ受け入れてもらえなかった。


あずにとってつらかったのは夜勤だけじゃない。

クレーム対応もさせられていたことも精神的にストレスを感じていた。

周りの看護師がやりたがらない仕事をあずがやらされていたんだ。

看護師とは叱責に耐える仕事なのか、あずが仕事の在り方に疑問をもつのも無理はないと思った。


入職1年目であずは適応障害と診断され、やっと夜勤から病棟の日勤にしてもらえるのだが、夜勤の残りの仕事をあずが受け持つことになり残業の毎日となった。

周りが夜勤と日勤の交代制で働いている中、あずだけ日勤のみで働いている状況を周りはどう見るのか、どんなことを言われているのか不安になり始める。

そして上司からも夜勤をしないといけないと圧をかけられたことで、あずは抗不安薬や制吐薬を大量に飲みながら夜勤に復帰することにした。


入職して2年目、夜勤勤務中に延命処置を希望しない患者の急変対応につく。初めての経験だったにもかかわらず1人で対応することとなった。その後も周りからのフォローはなかった。


入職して3年目、双極性障害と診断され休職する。
復職後、外来勤務を聞き入れてもらえるが席は病棟のままだった。このことが彼女にとってはストレスだった。


入職して4年目、正式に外来勤務で働くも残業代は未申請にされたり、有給消化は迷惑だと上から言われる。
また、彼女が家族に病気のことを隠していることを知っているにも関わらず病気のことを家族に報告すると上から圧をかけられたり、退職を促される。


こうした環境が彼女を壊したのは明らかだ。



◆労災申請を拒否

原因はどうあれ発病のきっかけは病院の環境にあるのは明らか。

過剰労働や心的ストレス、サービス残業や脅迫まがいなことをあった。

これは労災認定基準のいくつかに当てはまる。

労災申請は会社に頼むことが多いが、聞き入れてもらえない場合は労働基準監督署に出向く必要がある。

今回は申請のやり方を聞きに最初に労基を訪れた。

彼女の症状や状況を伝えたところ、労災申請は難しいと言われた。

ここで簡単に会話内容をまとめる。

あずおこ「彼女が発病したきっかけは職場の環境にあると思うのですがそれでは申請はできないのでしょうか?」

労基「精神障害の場合、主に気分障害と統合失調症の場合でしか認定されないので難しいですね。」


あずおこ「彼女の双極性障害は労災認定基準で言うF3の気分障害にあたりますがそれでも難しいのでしょうか?」

労基「それだけでは弱いです。また、発症する6か月以内に業務による強い心理的負担を受けたかどうかを労災専門の先生が判断し、かつ業務以外に強い心理的負担を受けていないことが労災の条件になります。」


あずおこ「入職1か月目で夜勤を始めましたがこれは一般的には早く、経験も知識もない状態で46人ほどの患者(病棟なので急変することもある)を1人で見ることもありました。加えて1人で死後処置を行ったり、残業を短く申請するような指示があったりと様々な要因でストレスを受けていたと思えます。これは業務による強い心理的負担になりませんか?」

労基「それでいうと超過勤務が労災認定に一番近いです。」


労基「病気だとしても業務以外に強い心理的負担を受けていないか家族や知人に確認を取る必要があり、最終的に業務による強い心理的負担を受けていたと判断された場合のみ労災認定されるので現段階では何もわかりません。」

あずおこ「家族の方には病気のことを伏せています。家族に話を聞かない方法はありませんか?」

労基「家族に言わなくても自分を抑えられているということはそのくらいの病気ということじゃないですか?と専門医は言うかもしれません。家族に話を聞いたほうがいいです。」


あずおこ「彼女は現在も精神科に通っており診断書にも病名や発病の経緯が書かれていますがその診断書だけでは不十分でしょうか?」

労基「主治医の先生はそう言っていても労災専門の先生が最終的に病名を下すからそれだとわからないですね。」

労基「パンフレットを差し上げますのでよく考えてからまた来てください。」


働く人の味方だと思っていた労働基準監督署もいい印象はなかった。



◆法テラスで相談

そもそも家族に秘密にしている人はどうするのか。

泣き寝入りしかないのか、弁護士に相談してみた。

以下簡単にまとめる。

あずおこ「労基に行った際に家族に話を聞かないと申請は難しいと言われましたが本当にそうなのでしょうか?」

弁護士「家族の方に話を聞かないでも申請はできますが過去にそのようなケースは経験していないので正直難しいと思います。」

あずおこ「では泣き寝入りしかないのでしょうか。」

弁護士「言えない理由はあるのでしょうか?」

あずおこ「相談できるような家庭環境ではなかったので」

弁護士「それだと労災はおりないかなあ。」

弁護士「訴訟を起こしたとしても、過去にケースがなく未知数なので正直負けると思います。それでも弁護料は発生します。勝った場合に成果報酬として弁護料を支払うこともできますが、難しいでしょう」

弁護士「消極的な労基も弁護士から言えば動いてくれることもあります。ですが動いたとしても家族に話を聞けない場合、不破があったと思われても仕方ないので話を聞くことが必要になると思います。」


と、淡々と仕事をこなしているように見受けられた。

親身に聞いてくれる人はいなかった。

これがきっかけで彼女の希死念慮は強くなる。



◆さようなら

「もう最後だから肩もんであげるよ。」と彼女は言った。

「何が最後?」と聞くと彼女は黙った。

ばいばいしたあとに死ぬつもりだったようだ。

翌日から仕事が始まる。

労災申請したことを会社にも伝えてあった。

結局労災は降りないとわかったので申請を取り下げた。

申請を取り下げる電話をしたときに、明日総務と上司とあずで面談があると聞かされる。

彼女は面談のことなど聞かされていなかった。

きっといじめられるんだ。と彼女は不安になり死のうと考えたんだとか。

結局彼女の職場に落ち度はなく、彼女が弱いから病気になっただけという形になった。

今の職場にいなければ病気にならなかったかもしれない。

でも社会は認めてくれなかった。

これから長い時間をかけて治療していく。

これまでと同じ、高い治療費を払って。

誰も助けてくれない。

働くこともままならないのに治療費だけが嵩む。

そうして彼女は死ぬことを選んだ。



◆誰かのために泣く

希死念慮の記事で書いたように、彼女にとって苦しみから解放される一番簡単な方法は死ぬことらしい。

だから、本当に彼女のことを思うなら死なせてあげるほうがいいのかもしれない。

それが優しさなのかもしれない。

でも僕にはそれはできない。

放っておけない。

死んでほしくない。

一緒にいたい。

でも彼女は生きることに苦痛を感じている。

どうすることが彼女の幸せなのか、どうすれば苦痛を和らげられるのか。

考えたけどわからなかった。

僕の声は届かないし、僕の行動は意味をなさなかった。

今日が最後かと考えたとき、僕は泣いた。

彼女に生きてほしかったから。

社会や生きることに苦痛を感じて泣いていた彼女よりも泣いた。

どのくらい時間が経ったのかわからない。

いつしか僕だけが泣いていて、彼女は笑っていた。

「どうしておこ君のほうが泣いてるの(笑)」

彼女の笑顔を見てさらに泣いた。


死んでほしくないというと彼女に悪い。

彼女はつらい思いをしているのに、つらい思いをしてまで生きてほしいと言うのは酷だと思ったからだ。

でもそのときは正直に話した。

「嫌だろうけど、死んでほしくない。もっと一緒にいたい。生きてほし」い。」と僕は伝えた。

「もう少しだけがんばってみる。死なない。でも精神状態は悪くなるかもしれない。それは許して。」と彼女は言う。

「ありがとう、約束だよ」


歪んだこの世界で生きると誓いあった日だった。