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ライディング・ホッパー:チャプター1 #3

ライディング・ホッパー 総合目次


ゆっくりと沼に沈みゆく運命だった家屋を、『国引』の大質量が木っ端みじんに引き裂いた。船頭のように鋭利なV字型の大型ショベルには、もちろん傷一つない。道なき道を開拓せよ。それが巽建機あれかし。父の言葉だ。

コウイチロウは巽建機現社長、巽ゲンザブロウの一人息子だ。故に次期社長として幼少から帝王学を身に着けてきた。大崩壊の後の混乱の中で、巽建機は自社重機で復旧作業を行い、道路を整備し、住居を建て、生活のインフラの再構築に心血を注いできた。日本という国家が消滅したこの地で、ここまで人の生活水準が回復したのはまさに巽のおかげといっても過言ではない。

だが、アライランスでの彼らの立場は最も低く、未だに泥臭い土建屋風情などと声をそばめて言うものもいる。ゲンザブロウはそれが我慢ならなかった。いつの日か巽が天下を取り、新たな時代の基礎となる……帝王学を学ぶ傍ら、いつも父から聞かされた言葉だ。

コウイチロウもその言葉に異論はない。むしろそれが当然だと思っている。故に目の前をうろつく下層ギアライダーの相手など本来なら唾棄すべき小事だ。……だが、近頃きな臭い連中が父の周囲を嗅ぎまわっているのを彼は気づいていた。だが、彼自身が動けばよからぬ結果を生むだろう。駒が必要だ。前回のレース。無所属。未知のテクノロジー。有用な駒になる可能性はなくはない。そのためにも見極めなければ。このレースで。

そろそろ液状化住宅街の区画を抜ける頃合いだ。ぬかるみに苦戦したワタル機はようやく本来の走りを取り戻しつつある。当然、『国引』はそのスペックを引き出しきってはいない。

「そろそろ、仕掛けるとしようか」

コウイチロウは独り言ちた。レースはギアスペックだけで決まるものではない。コンディション、コース、天候、そして対戦相手。高度なギアライダー同士の戦いは、あらゆるエマージェンシーを冷静に状況判断する能力で勝敗が決すると言っても過言ではない。

彼は王座のようなシートに深く身を預けながら計器を操作した。分離ボルトの火薬が炸裂し、大型ショベルと装甲のような泥除けが脱落した。重々しい甲冑を脱ぎ捨てるように『国引』のフォルムが変わる。無限軌道すら捨て去った戦車は、悠然と宙に浮いていた。

巽が天下を取り、新たな時代の基礎となる。これが、巽建機。これが、企業。


【#4へ続く】

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