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北条時政バの白ワイン煮

約700年続いた武家政権の創始者は源頼朝と一般的にはイメージされる。しかし、その裏でトグロを巻くように蠢いて、実際にはこの人の働きが鎌倉幕府を作り上げたんじゃないのと思われる黒幕を妄想しながら、洋風な魚料理を作った記録。


材料

鯖の文化干し 半身分
玉葱     半分
唐辛子    1本
大蒜     1欠け
白ワイン   200ml
オリーブ油  大匙2
黒胡椒    適量
塩      小匙半分
タイム    適量
オレガノ   適量

平安時代末期、源氏と平家という二大勢力が激突した平治の乱。敗れた源氏の御曹司、源頼朝は伊豆に流罪。その監視役を命じられた一人が北条時政。
前半生についてはよくわかっていません。
桓武平氏の一族で伊豆に土着した豪族が北条氏。保延四年(1138)に誕生した時政の通称は四郎。


頭を落とした鯖を食べやすい長さに切る。

前妻との間に出来た娘が頼朝と恋仲になったことから、時政の運命は大きく動き出す。一般的に北条政子と呼ばれる娘ですが、彼女の本当の名前はわかっていません。便宜的にここでも政子としておきます。
平家にあらずんば人にあらすとまで言われていた時代。源氏の御曹司と娘が関係したことが都に知られると身の破滅。
それを恐れた時政は別れさせようとするものの、障害がある程、恋は燃え上がる。娘と頼朝は伊豆山権現に恋の逃避行。
そこまでの覚悟あるならばと渋々、二人の婚姻を認める。
ということになっていますが、何か思惑があった?
このまま平家全盛が続いてもうだつが上がらないままだが、もし源氏が勢力を盛り返すことがあれば、自分は棟梁の舅として浮かび上がれる。


玉葱を細切り。

時政の賭けは良い目が出たというべきか、以仁王の令旨を戴いた源氏が各地で蜂起。頼朝を担いで関東武士達も決起。石橋山の合戦では敗れ、時政も長男を失うが勢力を盛り返して、頼朝は父の義朝の館があった鎌倉に入り、其処を拠点として対平家の戦を指揮。
北条時政は軍勢を率いて戦に臨む武将というタイプではなく、権謀術数を弄する人物。
義経や範頼という頼朝の弟達の指揮で多くの関東武士達が西に向かい、平家軍と戦っている間、時政はそれには加わっていなかった。そうなったきっかけは頼朝の浮気。


大蒜を微塵切り。

政子が長男の頼家を懐妊している間、頼朝は亀の前という女性を寵愛。伏見広綱宅に囲う。それを知った政子は時政の後妻、牧の方の父或いは兄とも言われる牧宗親に伏見邸の打ちこわしを命じる。
このことを知った頼朝は自分に相談しなかったのは不埒であるとして牧を叱責。髻を切ってしまう。とんだとばっちり。当時の男性は烏帽子や冠を被り、髪の結い目を隠す習慣。それを露わにされて切られたとなると、現代に例えると、人前でパンツ脱がされたようなもの?(品のない表現ですが)
今度は時政が激怒。頼朝の浮気が原因なのに、妻の父兄に辱めを与えたのはけしからんとして、北条一族の多くを引き連れて鎌倉を去り、伊豆に引き籠もり。北条一族を戦に従軍させず、勢力を温存するための芝居というのは妄想が過ぎる?


種を抜いた唐辛子を輪切り。

平家一門が壇之浦に沈み、源平争乱が治まった頃に再び、時政が歴史の表舞台に。いつ頼朝と和解したのかは不明ですが頼朝の命を奉じた時政は、頼朝への叛意を示した義経に頼朝追討の宣旨を与えた後白河院への詰問と交渉のため千人の兵を率いて上洛。
義経追捕を名目として、守護地頭の設置を認めさせる。
国毎に守護、有力な荘園等に地頭として頼朝の息がかかった武士を送り込むことで全国支配を進める。これが始まった文治元年(1185)を以て鎌倉幕府が成立したという学説もある。義経や木曽義仲をも手玉に取った後白河法皇に取り込まれず、要求を通した時政の交渉力は大きい。


オリーブ油で大蒜と玉葱を炒める。香が立ち、玉葱が透き通るまで。

頼朝が征夷大将軍に任命された翌年、建久四年(1193)富士の裾野で行われた巻き狩りで曽我兄弟が父の仇、工藤祐経を討ち取る。兄の十郎祐成は討たれ、弟の五郎時致は生け捕り。
何故か工藤を討った後も五郎は頼朝の陣にまで乱入しようとしていた。
どさくさ紛れに頼朝を暗殺する企てがあったのではないかと言われる。五郎の烏帽子親は時政。時致の名前も時政から一字貰ったもの。つまり時政は兄弟に頼朝殺害まで唆していた?
頼朝は無事だったが、伊豆の有力者だった工藤がいなくなったことで時政の伊豆支配は強まった。


鯖と白ワイン、唐辛子を投入。

頼朝の死後、13人の御家人による合議制が始まるが、時政はそれを崩して北条家の専制体制を作ろうと暗躍。
まず標的にされたのが梶原景時。
二代将軍頼家を廃し弟の実朝を擁立する陰謀があると梶原は頼家に報告。他の御家人達から讒言であると弾劾され、鎌倉追放。都に向かう途中、時政の勢力下にあった駿河で討伐される。
後々、梶原が言った通りになるので、これは讒言ではなく時政の陰謀を未然に防ごうとしたが逆に時政に防がれた?
頼家の舅である比企能員を謀殺、一族を討伐。
自分の孫である頼家も修善寺に幽閉。殺害。
実朝を三代将軍にするが牧の方との娘婿、平賀朝雅を将軍にするという更なる野望。


北条時政バの白ワイン煮。

仕上げに魚に合うハーブ、タイムとオレガノを振りかける。よい香が魚臭さを中和。
白ワインの風味と大蒜のアリシンで食欲増進。たっぷりな玉葱で血液サラサラ効果。
鯖のDHAやEHAにも同様効果。鉄分やタンパク質も摂取。
文化干しに塩分が含まれているので塩は小匙半分だけ加えましたが、生の鯖を使うなら、塩は大匙1位入れた方がいいかも。

平賀朝雅と畠山重保が口論。その場は収まったが、それを見逃さずに時政は重保を始末。父親の重忠をも討ち取る。こうして着々と有力御家人達を葬り、北条独走態勢へまっしぐら。
ところが、思わぬ所からストップがかかる。
実朝を暗殺して源氏の血を引く平賀を将軍にとの陰謀を、子の政子と義時に制止される。多くの御家人も実朝を擁する義時側について孤立無援になった時政は出家、伊豆へ退去。この後はもう返り咲くことはなかった。
自分の孫である頼家殺害、実朝も亡き者にしようとした非情さ。
鎌倉幕府草創期には血生臭い事件が幾つも起こっているが、その多くに時政は関与。
冷血さは爬虫類のようだと思ったら、北条家の家紋は三つ鱗。蛇にも鱗がある。
遠い昔に地球に来て、混血していった爬虫類型宇宙人レプタリアンの血が濃く出た人物だった?
長い目で見れば、時政自身は失脚したが実朝は殺害され、北条氏が執権として幕府を主導と彼が夢見た通りになった。
そう考えると、失脚も義時達と示し合わせた芝居?
武家政権成立の裏で暗躍した黒幕、北条時政を妄想しながら、北条時政バの白ワイン煮をご馳走様でした。

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