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結果が出にくい室内トレーニングと結果が出やすい屋外トレーニング

介護施設の内部を覗いてみると、床は段差のないフローリングで壁には手すりが付いており、清掃されていて大きなゴミも落ちていない、そんな施設が多いと思います。病院のリハビリ室も同様に安全面を確保しています。

介護サービスの利用者さんに怪我をさせてはいけないので当たり前なのですが、機能訓練を行う際には施設の作りが安全性を最優先してるが故に効果が出にくいので、訓練は施設外で行った方が効果が出ると思うことがありました。

例えば、デイサービスの利用者さんと話しているとこんな話を聞きます。
「手術後のリハビリではちゃんと歩けたんだけどね…。また歩けなくなってしまったの。」とか、「この前、自宅でつまずいちゃったの」など。病院や施設ではしっかり動くことが出来ても、自宅に戻ると思うように動けない人は多いのです。

これはよく考えれば当たり前のことですが、自宅は施設のようにフローリングではなく、畳やカーペットだったり、手すりも付いていないことも多いです。畳であれば畳の目の向きで滑りやすさば増すこともありますし、畳のふちの部分にたった数ミリですが窪みもあります。畳とフローリングでは足をついた感覚も違います。そのため、施設で歩けるようになっても実際自宅に帰ると思うように歩けないのです。

介護サービスの利用者さん本人が自宅での生活を望んだ場合、機能訓練指導員はその目標を達成するための機能訓練計画書を作成します。機能訓練計画書を分かりやすく言うと、運動計画と運動メニュー表です。

運動計画を立てるために、まず実際にご自宅に訪問していろんな部分を確認させてもらいます。(細かく書くと居宅訪問は1回だけでなく定期的に実施します。)

利用者さんの目標が自宅のトイレに自分一人で行くことならば、
・部屋からトイレまでの距離
・手すりの有無
・床の素材
・段差や障害物の有無や大きさ
・トイレのドアはスライドか扉か、扉なら手前に引くのか押すのか
・トイレの壁と便座までの距離
・トイレットペーパーの高さ

などなど(実際にはもっと見てますが)あらゆるものをチェックして、その後に利用者の病状や身体の動きや筋肉量などと照らし合わせて、機能訓練計画書を作っていきます。

こうして出来上がった機能訓練計画書に基づき、実際に運動を行う事でやっと機能訓練加算がもらえます。余談ですがこの”〇〇加算”というのが介護報酬であり介護施設の利益となる部分です。


機能訓練計画書をもと運動や訓練をしていくのですが、これがなかなかうまくいきません。原因はスタッフが足りない事と施設側は安全最優先だからです。

安全面を考慮すると、室内で行うトレーニングが最善なのですが、室内のトレーニングだけでは効果がなかなか出ないので、機能訓練指導員としては悩みます。

例えば、自分で50m先の店に買い物に行く事を目標とする人の場合、実際の買い物を想定して、カバンを持ち、玄関を出て歩行器や杖を使って50m歩く練習をする。それを細かく分割して練習していくことが出来れば理想に近い機能訓練を実施できます。

ですが、屋外の訓練には多少のリスクがあるのと、機能訓練指導員1名が施設の外に出ることで施設内に残っている介護スタッフの負担が大きくなってしまいます。ひとつ前のテーマで書いたように、私の悩みの根幹にあるのは介護スタッフが足りているようで足りていないことなのです。

施設責任者はこのように言います。
「屋外歩行のトレーニングに行って熱中症や脱水になったらどうするの?事故に遭ったらどうするの?責任取れるの?」

施設に残る介護スタッフはこのように言います
「行ってらっしゃい!なるべく早く戻ってきて!」

介護サービス利用者さんはこのように言います。
「今日は外を歩く練習が出来てよかったよ」

利用者の家族はこのように言います。
「前回は外を歩く練習をしてくれて本人も喜んでました。夜もしっかり睡眠が取れたようです。」

外を歩く練習に対して施設側と利用者側で印象が違うことが分かります。だから悩むのです。

施設側が安全面を理由に反対するのも分かるし正しいと思います。しかし、利用者本人やご家族は希望通りの運動を行ってくれて感謝している場合が多いことも分かりました。

たくさんの高齢者に接してきて感じたことは、自分らしく生きることを望む人の場合、安全な室内に閉じこもるより、外のベンチに座るだけでもいいから外の世界を体感したい人が多いという事です。

公園で子供が遊ぶ様子を見たり、葉っぱが風で揺れるのを見たり、花の香り楽しんだり、日光浴したり、働いてる人を見たり、挨拶をしたり、そうやって自分も社会の一員であることを認識したいのではないでしょうか。

これはあくまで自分で外を歩きたいと希望される利用者さんの場合ですので、全ての人に「外を歩いた方がいいよ」と言っているのではありません。

外を歩く訓練に対しては、立場によっていろんな意見があるので、悩んだ結果、機能訓練指導員としての私なりの判断基準を決めました。

⭐️機能訓練の計画や実施内容に関しては機能訓練指導員に全責任があるが、施設内の人手不足の状況にまで責任を負うことは出来ない。私が外を歩く訓練を実施することにより、施設内が大変な状況になっても仕方がない。

⭐️私は利用者本人と家族の意向を優先する。施設側の反対があっても介護サービス利用者に「今日は外を歩きたいですか?」と聞いて「歩きたい!」と意思表示があれば連れていくことにする。

これが正しいのかと言われれば、今振り返ってみても正しくないと思います。そして、今でも何が正しい選択肢なのか分かりません。

数年前の私が悩んだ末に屋外歩行に連れて行った人も、今はもう寝たきりになっているかもしれないし、亡くなっている方もいるでしょう。だけど、デイサービスに来てたった10分程度の外歩きの練習で、本人に「楽しかった」と感じてもらえて、ご家族も喜んでくれたならそれでいいのではないか、そう思うことにしました。

高齢者自身もデイサービスという場所を窮屈に感じている人もいて、外を歩きながら「今日も脱出作戦成功したね!」と笑顔で話してくれた人もいましたし、外のベンチに座って休憩しながら「今日は久しぶりの日光浴だー」と喜んでくれる人もいました。

外を歩く様子を観察することで、機能訓練指導員はたくさんの情報を得て次の計画に繋げることが出来ます。

・右に重心が移動するとふらつきやすい
・外だと歩行器の重さに振り回される
・○メートル歩くと杖を持っている側の手首が疲れるようだ
・だんだん前屈みになってくる
・溝がある場所でフラつきがある
・この場所からあの看板の文字が見えない

このような情報を知らなければ、次やるべきことが分からないし、ひとつずつ改善していかなければ、一人で買い物にいくという目標達成には到底及びません。そして目標を達成できなければ、施設側の評価(事業所評価)も停滞するだけです。


私は自分の選択を後悔していませんが、他の立場だっらいろんな意見があると思いますので、いまだに「どうすればよかったのかな」と考えてしまいます。


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