刑事とともに内省を深める|「冷血」髙村薫
一家四人強盗殺害事件の長編犯罪小説。
犯罪小説は、グイグイ読ませるエンタメ要素の強いもの、と思ってこれを読み始めると、良い意味で裏切られます。
加害者の犯行動機、そこに至るまでの衝動や生い立ち。
加害者を理解したいと努める刑事・合田。加害者に向き合う中での内省。本件と並行して扱う別の事件からの気づき。
読む人によっては、長い!冗長!そんなに深い心理の分析は要らないから、早くストーリーをすすめてくれ!と思うかもしれません。
*
時系列に沿って物語が進んでいきます。
当たり前ですが、どんな凶悪な殺人事件でも、加害者を含め、生きている人には生活があり、時間が過ぎていく。
加害者も、時間とともに感情に波が生まれ、言葉にならなかったり、虚勢を張ったり、後知恵で供述が変わったり。
それは合田も同じで、事件発覚当時と同じ考えを持ち続けることはできない。
その丁寧な描写が、このフィクションを、よりリアルに感じさせることにつながっています。
そうそう、現実は、こんなふうに、他者を理解することはむずかしく、そもそも自分のことすら理解していないことに気づいて、なかなか結論にいたらず、もどかしい。
でも、全く関係ないことをしているときに、長い間考え続けていたことがぱっとひらめいたり、核心に迫ることがある。
だから、ムダに思えるような普段の生活とか、時間が必要になることもある。
合田の目を借りながら加害者を見ていくうちに、自分のものの見方を振り返り、内省を強いられるような、文学的な読書体験をさせられます。
長い物語のなかで合田がたどり着く洞察、
これは、合田と一緒に事件とその周辺を読みすすめてきた読者も、自分を重ねて読むことができるのではないでしょうか。
この洞察にたどり着くまでの、ごちゃごちゃとした内省そのものがエンタメ。濃密な時間だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?