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わかりにくさを受け入れる|「三つの物語」フローベール

古典は、物語の舞台が私たちの生きる現代ではないため、理解しづらいことが多い。歴史的背景や文化もある程度わかっていないと、ついていけなくなる。その点、光文社古典新訳文庫は、読みやすい文体とわかりやすい解説で、古典が身近に感じられるおすすめテキストです。

「ボヴァリー夫人」が代表作のフローベール。
「三つの物語」は、その名の通り三つの短編から成ります。
19世紀、せまい世界で生きる無学の使用人、フェリシテの人生を描いた「素朴なひと」、中世ヨーロッパで、ジュリアンが聖人となるまでの生涯を描いた「聖ジュリアン伝」、聖書の挿話、サロメをもとに創作された、古代ローマ時代の物語「ヘロディアス」。


「素朴なひと」は、やさしいまなざしと細かな描写で、どこにでもいそうな「おばちゃん」の一生を、あたたかく包み込む物語。
「聖ジュリアン伝」は、猟銃で動物の血を見ることに快楽を求めてしまうジュリアンの苦悩を描いた作品。スピード感があり、物語を読む楽しさが味わえます。


で、「へロディアス」です。
これはちょっととっつきにくさを感じました。
それは、私が聖書や古代への知識がないから、といってしまえばそれまでですが、古代の王族に多い「血族間での殺し合いや騙し合い」というものにも、どうしてもなじめません。
それでも、頭を筋肉のように動かして読み下していくと、後半で物語がいっきに動き出します。

読んだあと、これはどういうことだったんだろう、あの名前に聞き覚えがあるけど、どんなことだったかな、とググってみたり、生活の中でふっと場面を思い出して、その意味を考え直してみたりと、わからないながらも余韻の残る読書になりました。
そして、作品の後にある訳者解説がありがたい。
下記引用部分なんて、浅学の私には勇気がもらえます。


読者は、したがって、その混乱の背景になるものや、 聞きなれない固有名詞や数々の地名の正体がわからないとしても、それほど心配することはない。たった一行で語られている過去に起こったらしい事件や、ユダヤ教の各宗派の詳細のことを知らないことは単に当然のことであり、それは当時のフランスの読者にとってもそうであったはずだ。だが、その時に「これは誰か」「これは何か」と問うのではなく、「誰々は誰々にとってどのような人物であるか」「誰々と誰々との関係はどうなっているか」というように、 彼らの関係性( 敵対・同調・追従・揶揄・軽蔑・畏怖 など) に注目して本文を追ってゆきさえすれば、十分に物語を楽しむことができる。

三つの物語 フローベール


ミステリのようにすっきりわかる読書もいいけど、なにか「モヤモヤ」の残る読書も、悪くない。むしろ、その後の生活に影響があったりする。
そして、この「モヤモヤ」を反芻するのが、自分は意外と好きなのかもしれません。
とはいえ、別に実用書や歴史書を読むわけではないので、まずは「物語を楽しむこと」が第一ですね。



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